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と、その時、目があった。祈祷所の片隅から真っ直ぐ黒く光る瞳と。
正確には左の目だ。
もう片方の目は黒い眼帯で覆っていた。
長い髪を艶やかに光らせ、口を固く結んで俺を見つめている。身にまとうのは稚児装束。歯の長い下駄を履いていた、まだ幼い子供……。
その姿はあの日、最後に見た姿とまるで変わらない。
御曹司。頼むよ。
頼むからキミカを、この娘を何とかしてやってくれ。
あんた、今は神様なんだろ?
隻眼の稚児の右手がスッと持ち上がり、真っ直ぐに俺を指さしていた。子供の小さな唇が動き、声にならない声で言葉を紡ぐ。
――そなたに任せる。
何だそりゃ。
任せるって……どういう意味だ?
俺は心の中で呼びかけ続けるが、稚児は一歩後ずさり、スウッと周囲の景色に溶け込むようにして――消えた。
煙のようにその姿をかき消していた。
ふざけやがって。思わず俺は奥歯を噛みしめる。
生きてた頃からそうだが、どうしてあいつはコミュニケーションは一方通行なんだ。
「――良くやった、鳥羽リョウ」
凛とした女の声に名前を呼ばれ、俺は我に返る。
目に飛び込んできたのは、白衣をまとった胎の膨らんだ女が足早に近づいて来るところだった
女の手には注射器。その先端に伸びる長く細い針を一切躊躇うことなく女はキミカの首筋に突き立てていた。
俺の腕の中でヒッと悲鳴をあげ、キミカが全身を強張らせる。
「おい、あんた……!」
「心配しなくていい」
思わず声を荒げた俺に女は平然と答える。
「この薬は鎮静剤――のようなものだ。私が開発した霊薬を調合している。これでしばらくの間、塚森キミカの中に入り込んだ怪異の分身も活動できないはずだ」
女の説明が終わらないうちにキミカが頭をガックリとうな垂れさせ、その四肢から力が抜けてゆく。
ああ、そうか。
暴れ、もがくのを止めたキミカの身体を抱き直しながら、俺は思い出していた。
白虎機関の一員で、名前は確か柴崎ゼナ……。
医者だか研究者だかは知らないが、レイジやコウとも交流があり、二、三年前から塚森家にも出入りしている女だ。
#異能
#伝奇
お互い道ですれ違ったことが何度かあり、会釈をする程度の間柄で、こうして言葉を交わすのは今回が初めて。……のはずだが、相手は俺のことを把握しているらしい。
「――姫宮アンナ。……大丈夫? 動けるかい?」
「はっ、はいっ。な、何とか」
柴崎ゼナに呼ばれ、秘書と思しき娘が顔面蒼白で駆け寄ってくる。
「この状況を外で待機している警備員たちに報告。長谷川ユカリの家族を安全な場所に移し保護をするよう要請して」
「は、はい。あ、あの記憶処理は――」
「ああ、それなら必要ない」
祈祷所の真ん中、ユカリに取りすがりすすり泣いている家族たちを一瞥し、柴崎ゼナは続けた。
「彼らは思ったより強い。時間はかかっても娘の身に起きたことを受け入れられるだろう。……それよりも塚森レイジが負わされた傷の具合が気がかりだ」
「そ、そうですね。怪異の霊毒に対処できる病院を手配しないと……」
「ん。なるべく迅速に頼む」
女二人の会話に耳を傾けていると――、足を引きずるようにしてコウが近づいて来る。
キミカを見た後、コウは俺の肉を削がれた腕を見た。
コウは顔をしかめ口を開きかけたが、結局何も言わないまま目をそらしていた。
「さて、と」
姫宮アンナの背中を見送り、俺とコウの顔を見比べるようにして言う。
「現状、我々はやられっぱなしと言ったところだが、どうする?」
「どうするって……」
女の目に挑発的な光が宿っているのを感じながら俺は呻いた。
「まずはキミカ達の安全確保だ。物忌堂は手狭だがみんなを守るにはあそこしか……」
「相手が巨大な岩だと言うことを考えれば心もとないな。籠城すればそのうち諦めてくれるような相手でもないからね」
何と答えたらいいのかわからず、俺は腕の中のキミカを見下ろしていた。
子供らしい、かわいい寝顔だった。
こんな阿鼻叫喚の地獄絵図のような状況にあってなお、キミカの寝息は穏やかだった。
「で? 結局、何が言いたいんスか?」
苛立ちを隠そうともせず、コウが口を挟む。
「こっちは当主まで大怪我負わされて苛々してるんで。怪異の第三波がいつ始まるかもわかんねーし。いっそ、玉砕覚悟で打って出ろ、とでも?」
「わかってるじゃないか。さすが塚森コウ」
柴崎ゼナの口元に笑み。
整った女の顔がいびつに歪み、俺は背筋が冷たくなる。
「つまりはそう言うことだよ。祓いも防御も無意味な相手なら残る手立ては一つしかない。殺しにかかるんだよ、こっちから」
「……は?」
「そのためには囮が必要だ」
女の眼鏡は、窓から差し込む陽を反射して白く輝いていた。
そして、舌なめずりするような口調で柴崎ゼナが言った。
「その大役は塚森キミカ――、いや、キミカちゃんにお願いしようか」