扉がそっと開いて、
小柄な女子生徒が入ってきた。
彼女は落ち着かない手つきで髪を耳にかけながら、
遥の前に座ると視線を机に落とした。
「……私、期待されるのが苦しいんです」
声は震えていた。
「先生も親も、
“できるでしょ”“頼りにしてるよ”って言うんです。
でも、私が失敗したら……
“どうしたの?らしくないね”って、
一気に失望される」
拳を固く握りしめる。
「期待しておいて、勝手にショック受けて。
何それ、って……思うんですけど」
「言えないんだよな、それ」
遥が静かに言うと、彼女は息を飲んだ。
「……はい。
怒られるより、がっかりされるほうが怖いんです」
沈黙が少し落ちる。
遥は足を組み替え、少しだけ視線を遠くへ向けた。
「他人が勝手に作った“理想像”を、
そのまま自分が背負わされるってさ……
重いよな」
彼女はこくりと頷く。
「でも、やらなきゃいけない。
周りの期待が、私の存在価値みたいで……
期待を裏切ったら、
私なんていらなくなるんじゃないかって」
彼女の言葉は、
どこか遥自身の心の内をえぐるようだった。
遥はゆっくり息を吐きながら言った。
「……期待ってさ、
本来は“楽しみにしてるよ”ってことなんだろうけど、
いつの間にか“義務”に変わるよな」
「義務……」
「そう。
できて当たり前、
頑張って当然。
満たせなきゃ責められる。
しかも責められたほうが
“ダメだった自分”を責め続ける」
彼女は唇をかんだ。
「じゃあ……どうすればいいんでしょう」
すがるような声。
遥はしばし考え、答えを選んだ。
「うまく言えないけど──
“大事なことは、期待されたことじゃなく、
自分が選んだことかどうか”だと思う」
彼女はゆっくり顔を上げた。
「自分がやりたいから頑張る。
自分が望むから進む。
その結果、誰かが喜んでくれたら、
それはおまけ程度でいい」
遥の声は、少しだけ熱を帯びていた。
「だってさ。
他人の理想を生き続けても、
その人生、どこにも“自分”いないだろ」
彼女ははっとしたように目を瞬かせた。
「……でも、期待を裏切ったら」
「うん。失望される。
勝手に期待して、勝手に失望するやつは、
これからも勝手にそうする」
遥は淡々と言った。
「でもそれは、
“おまえが悪いから”じゃない。
その人が“勝手に作った幻”が砕けただけ」
遥は椅子の背にもたれ、
少しだけ笑った。
「期待に応えなくても、
価値は減らない。
うまくいかなくても、
存在は消えない」
彼女の瞳が揺れる。
「それでも、まだ怖いけど……
少しだけ……楽になったかも」
「それで十分」
遥は目を細めた。
「期待を背負わない自分に、
ちょっとだけ慣れてけばいい」
ふたりの間に、
静かな安堵が広がった。
それは、
“勝手に与えられた価値”ではなく、
確かに自分で掴んだ呼吸だった。
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