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放課後の相談室。
薄暗い日差しが机を斜めに切っていた。
扉の向こうから、
ためらうようなノック音。
「……あの」
姿を見せたのは、
フードを深くかぶった男子生徒だった。
俯いたまま、遥の前の椅子に座る。
「来てくれたのか?
ここ、怪しい部屋だと思われてるのに」
遥が冗談っぽく言うと、
彼はかすかに口元を曲げた。
でも、すぐに真顔に戻る。
「俺……自分が嫌いなんです」
そう言う声は、
予想以上に切実だった。
「何をしてもダメで。
人より劣ってるところ探すの、得意で。
褒められても……
“たまたま”とか“嘘だ”って思ってしまう」
指先をいじる。
「そのくせ……落ち込んでる自分が、
どこか楽だったりして。
“ほらまた失敗した”って言えれば安心する」
遥は彼の言葉に
自分の過去が重なるのを感じた。
「……分かるよ」
静かにそう返す。
「嫌いな自分を確かめると、
生きてる気がする瞬間ってあるよな」
彼は驚いたように顔を上げる。
「でもさ」
遥は机に肘をつき、言葉を続けた。
「それ、
“自分を傷つけることで安心してる”って状態なんだと思う」
息を詰める彼に、
「傷があるほうが、
理由が分かるから。
痛みがあるほうが、
“生きてる証拠”になるから」
彼の喉が静かに動いた。
「自己嫌悪ってさ、
麻酔みたいなもんだよ」
遥は淡々と告げる。
「本当に感じたくない苦しみから、
目をそらすための」
沈黙。
相談室の時計がカチリと音を立てた。
「じゃあ……どうすれば」
彼の声は震えていた。
遥は小さく息を吸う。
「目をそらしてるものを、
ちょっとずつ見ていく」
その言葉は、
強くはない。
でも、逃げでもなかった。
「何が怖いか。
何に傷ついたのか。
どこで“自分なんて”って思ったのか」
彼は胸の前で、
握った拳を少し緩めた。
「嫌いって言うのは簡単だよな。
慣れてるから。
安心するから」
遥は視線をまっすぐ合わせた。
「でもさ。
“好き”って言うのは勇気がいる。
弱さを認めないとできない。
守りたくなるから」
彼の表情が揺れた。
「……俺、自分なんて守れない」
絞り出すような声。
遥はゆっくり首を振る。
「守れないから、守りたくなるんだよ」
「……え?」
「大事なものってさ、
傷つきやすいだろ?」
彼は息を飲む。
「嫌うんじゃなくて、
“傷ついてる自分”に気づいてやってほしい」
遥の声は
どこまでも静かだった。
「自己嫌悪は、
自分に興味がある証拠だよ。
本当は、見捨ててない証拠」
彼の肩が少しだけ震えた。
「逃げてもいい。
休んでもいい。
でも──
いつかその手で、自分を守れるといいな」
そう言ったとき、
彼の目にほんの少し光が宿った。
遥は立ち上がり、
軽く背伸びをする。
「またここ来いよ。
自分嫌いなやつ、俺と相性いいから」
不器用な笑みが
ふたりの間に落ちた。
たぶんそれは、
自己嫌悪からの小さな一歩だった。