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俺は唱える。
頭の中にある魔法の言葉を。
「【武器召喚】」
魔法を唱えた瞬間、俺の手のひらに――
一本の、まるで髪の毛のように細く繊細な“糸”が現れた。
それは、ほとんど光も反射しない、頼りなさすぎるほどに儚い“線”。
「……それは?」
エスが、不思議そうに首を傾げる。
「うん、これが……僕の“武器”だよ」
俺は、はっきりと答える。
確かに、誰が見たってただの糸。でも――
この糸の使い方が、何故かわかる。
まるで、ずっと昔からこの力を知っていたかのように。
俺は、続けてもう一つの魔法を唱えた。
「――【目撃縛(デウス=レーテ)】」
その瞬間、手の中の糸はスゥッと消え――
代わりに、空間がきらめき始めた。
数々の魔法陣が、空を埋め尽くす。
それは、空間そのものから糸が伸びているような光景だった。
何百万本、何千万本という“光る糸”が、四方八方から山亀へと伸び――
その巨体に絡まりはじめる。
「!!!!!!!」
山亀が暴れる。
生やしていた触手を振り回し、必死に抵抗する。
だが、糸は――触手をも、力任せの動きも、すべて飲み込むように巻きついていく。
――そして俺は、ゆっくりと、右手を持ち上げた。
「……亀なら――」
「ひっくり返してしまえばいいよね」
軽く、手首を返す。
すると――
ズズズッ……!!!
光の糸が、巨大な山亀の身体を“持ち上げた”。
富士山と同等の大きさを持つ山亀が__
宙に浮く、ありえないほど巨大な亀の体。
そのままくるりと――回転するように“ひっくり返された”。
ドガァァァァンッ!!!
地響きと共に、“山”が地面に叩きつけられ、山亀は無様に転倒する。
「なっ……!?」
「リン……いや、エス」
仰向けになった山亀が、ジタバタと手足を動かしてもがいている。
おそらく――生まれて初めて“ひっくり返された”のだろう。
その姿がちょっと面白くて、でもそれ以上に。
――チャンスは、今しかない。
俺はゆっくりとエスの方を振り返った。
そして、手をかざし――
光る糸を一本、スッと引く。
それは空中で形を変え、“矢”となって浮かんだ。
「準備、いい?」
問いかけると、エスは一瞬驚いたように目を見開き――
すぐに、ニヤリと口元を緩めた。
エスは背に背負っていた二本の剣を――スッと、両手で逆さに構える。
「……ああ。最高のをくれてやるよ」
そのまま、柄と柄を合わせるように重ねた。
カチリ。
魔力の軋むような音とともに、二本の剣が変形し、漆黒の弓が出来上がる。
「頼むよ――僕の騎士」
「……フッ」
エスは軽く笑うと、俺の“糸の矢”を手に取る。
そのまま足元に魔法陣を展開――
魔力を跳ね上げ、一気に空へと舞い上がった。
高く。
さらに、高く。
どこまでも。
俺から見ても、エスが豆粒みたいに小さくなったその時――
空から、一本の矢が――放たれた。
音もなく、静かに。
その矢は、まっすぐに山亀の“巨大な腹甲”へと吸い込まれるように――
「……ッ!!」
次の瞬間――
ドォォォンッ!!!
山亀の腹部が爆ぜた。
だが、それで終わりではなかった。
腹甲の内側から、連鎖的に――
次々と爆発が起こっていく。
ドォン!! ドン!! ドドドドドンッ!!
爆煙が空へと吹き上がり、雨雲を裂くように爆音が響く。
雨は止まず、音だけが――空を支配した。
『これで終わりよ、おデブちゃん♪』
山亀の腹甲は砕け、破片と内臓が大地に飛び散る。
それは、まさに“終焉”。
やがて爆音が止み、雨音だけが静かに戻った頃――
巨大な山亀は、二度と動かなかった。
――『山亀』、討伐完了。