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#勧善懲悪
#勧善懲悪
卒業式の写真がばらまかれた翌朝、雨庭商店街の空気は露骨にぬるかった。
誰も正面からは聞いてこない。
けれど、通りすがりの視線が長い。パン屋の前では小声が落ち、八百屋の角では笑いをこらえきれない息が漏れる。
「あの三人、そういう感じだったのかねえ」
「昔からいろいろあったんじゃないの」
面白半分の言葉は、悪意そのものより軽く聞こえるぶん、胸の奥へ入りやすい。
サペは工房の戸を開けたまま、壊れた椅子の脚を削っていた。刃先は正確だ。けれど力が入りすぎて、木の粉がいつもより粗い。
「削りすぎ」
エリアが言った。
サペは手を止める。
「悪い」
「悪いじゃない。黙るな」
朝いちばんの声としてはずいぶん容赦がなかった。
エリアは工房の机へ、昨日の写真を一枚置く。三人の顔が朝の光の中で切り取られている。
「また、そうやって自分だけ飲み込むつもり?」
「飲み込んでるわけじゃない」
「じゃあ吐け」
サペは答えなかった。
言葉にしてしまえば、本当にあの日のことへ触れなければならない。ンドレスが工房を出ていった日のことも、エリアへ渡せなかった封筒のことも。
エリアは深く息を吸った。
「私、勝手に面白がられるのは平気。でも、あんたが黙ってるせいで、ンドレスまで都合よく悪役にされるのは嫌」
サペが顔を上げる。
「……嫌なのか」
「嫌だよ。だって、あの日のこと、誰もちゃんと知らない」
工房の奥で、テオファイルが帳面を閉じる音がした。聞こえないふりをしていたらしいが、その気配は近い。
表でまた声がする。
「写真の人たち、例の再開発ともめてる――」
その時、エリアが戸口へ向かった。
「ちょっと」
明るい声ではない。絵筆を折る前の静かな硬さがあった。
通りの二人組が振り返る。
「面白いなら、正面で聞けば」
二人は気まずそうに目をそらし、逃げるように去っていった。
エリアは戻ってきて、写真を指でたたく。
「取り返すよ。この一枚も、あの日の意味も」
サペはまだ返事をしない。
けれど、沈黙の温度は昨日より少し違っていた。
黙って終わらせる方が楽だと知っている男が、初めて、その楽な方を選ばずに立ち止まっていた。