テラーノベル
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彼にとっては信じられない光景だったのかも知れない。
ファウダーが混沌であると分かっているからこそ、心配と、驚きが混じって言葉が出なかったのかもと。ブライトは、視線を下に落としたまま私の方を見なかった。
(ど、どうしよう……)
たまに出てくる、謎の自信から、私はブライトに対して横柄な態度を取ってしまった。だから、この状況をどうにかしようと思っても出来ないのでは無いかと。そういう問題じゃないのかも知れないけれど……
『ステラ』
「うわあああっ!?」
「ど、どうしたんですか。いきなり」
さすがに、こんな悲鳴を上げれば、ブライトも黙っていないわけで、ぎょっとした目で私を見た。私は、首を振って違うと否定した後、ちらりと私の服を掴むファウダーを見た。テレパシー的なものだろう。
『ええっと、これでいいの?ファウダー?』
『うん。ごめんね。いきなり話し掛けて』
と、ファウダーは謝る。頭の中に直接声が流し込まれるような感覚に私は驚きつつも、心の声が聞えていたあの時もこんな感覚だったなあと思い出した。いつの間にか、あの心の声を聞くというのも自分で制御出来るようになっていて、今ではぱたりと使わなくなったけれど。だって、心の声が聞えるってあまりいいことじゃないし。あの時は、リースの心境が分からなかったから、知れればと星流祭で願ったのだけど。やっぱり良いものじゃなかった。人は、声に出さないだけで、ドロドロとした感情を常に抱えているのだから。
それにしても、自分でも驚いたけれど瞬時にテレパシーなんていう魔法を使えたなあと感心する。ステラの身体が、そういう魔法に敏感なのかも知れないけれど、瞬時に使ったことがない魔法を使えるのは不思議だった。
というか、はじめから、ファウダーはこういう風に話して欲しかった。ただ黙っているだけじゃ、私がブライトに対して嫌な印象を残すことになっちゃうんだから。
『ちょっと、はじめから、そうしてよ』
『ごめん。下手に魔法を使って、ブライト・ブリリアントにバレたくなかったから』
『バレたくないって……アンタほどの魔法なら……』
いや、今は、魔法すらも上手く活用できないのかも知れない。そうだったら、あまり強く言うのもあれだな、と思って口を噤む。
ブライトなら、ばれかねないって言うのは分からないでもなかったから。
ブライトは、未だに信じられないというように自分で考えては首を横に振っていた。見ている分には面白いけれど、そうじゃない。
『ファウダーここからどうすればいい?』
『どうすれば……誤解を解く』
『アンタが喋ってくれないからじゃない!何か、誤解を解いてよ。私が言っても全部言い訳になるじゃない!』
『ええ、でも』
と、ファウダーは可愛らしい言い訳をする。ここで可愛さを出されてもと思うのだが、それは致し方ない。
『でもじゃなくて!お願いだから、この状況をどうにかして!』
『ぼくの言葉、響くかなあ……』
『アンタは、ブライトの弟なんだから大丈夫よ』
私が励ましても、ファウダーはギュッと私の服を握るばかりで行動に出ようとしなかった。彼は、負の感情の集まりだし、もしかしたら、自分なんか……と思っているのかも知れない。
それも、分からないでもないし、実際私だって同じ状況だったらそうなるかも知れない。それに、ファウダーが今何を言っても、私に脅された、とか解釈されかねないし。
最悪の状態だった。
自分で話しかけに行かないと、何も変わらない。そう言われているようで、腹が立った。
「あの」
「……貴方は、何者なんですか」
「それ、さっきも聞いた」
「何故、ファウに……いえ、何でもありません」
まあ、隠すのも無理ない。それに、混沌だなんていえないだろう。ブライトは正しかった。言いかけて、口を閉じてこちらを見る。ピコンと、1%だけ好感度が上がる。何故上がったのか分からなかったけれど、彼が少しだけ私に歩み寄ってくれたということじゃないだろうか。だとしても、好感度はマイナスのままだった。このままマイナスのままでは、これからのことに響く。別れる前に少しでも好感度を上げておかなければ、と私は拳を握る。けれど、彼も彼。もの凄く人間不信で、私の事なんて信じてくれないだろう。ブライトは、前の世界で大幅に好感度が下がった攻略キャラでもあるし。
「私が、何者か」
「はい。誘拐犯でなければ、何だというのですか。見たところ、ただの平民のようですし……けれど、貴方からはかすかに魔力を感じる」
「平民でも、魔力を持っているんじゃない?魔力は、生命維持にも関わるものだし。魔法が使えなくても、魔力は持っているんじゃない?」
「確かにそうですけど……」
そう教えてくれたのは、ブライトだった気がする。魔力がない人間なんていない。ただ、魔力を用いて魔法が使える人間は少数ということだけ。グランツは、実際、平民じゃなかったからだけど、魔法が使えたわけだし。あれが、魔法を使えるといって良いのかは分からないけれど。
魔力を感じるからといって、決めつけないで欲しい。まあ、魔法が使えるのは事実だけど。
「それで、他に言いたいことは?」
「いえ……でも、おかしいのです」
「ま、まだ何か……?」
「変装魔法を使っているんじゃないですか?それと、似た魔力を感じます」
「……」
「何故、姿を取り繕う必要があるのか。そこが引っかかるんです。ヘウンデウン教の事も知っているみたいでしたし……けれど、貴方以外に、魔力を感じない。単独犯にしては、あまりにもやることがずさんすぎる」
「だから、誘拐犯じゃないって言ってるの!」
多分何を言っても聞いてくれない。
ここで、ぴったりくる言い訳が出てこればいいのだが、と思っていると、ファウダーがタタタッと、ブライトに近付いて、ギュッと彼にしがみついた。ブライトは一瞬ビクリとしたが、多分彼のことだから、混沌対策の魔法は出来ているのだろう。ファウダーも、それを知っていて、抱き付いたに違いない。じゃないと、逆効果だから。
「ふぁ、ファウ?」
「あの人、違う。誘拐犯じゃない」
「え?」
ファウダーが喋った。
別に、驚くほどのものでもないけれど、彼が、自分の意思でブライトに言葉を伝えたと、少しの感動と、遅いという感情が入り交じる。けれど、ファウダー自身が必死に伝えてくれたこと、私がファウダーを拘束していないことさえブライトに伝われば、こっちのものだと思った。これで、誤解が解けると。
「ど、どういうことですか?」
「ぼく、捕まってない。あの人、助けてくれた。あの人、いい人」
「……誘拐犯ではないと。けれど、誘拐されそうになったのは確かなんですか?」
「迷子」
「迷子……」
「迷子になった」
「それは、嘘ですよね。僕はちゃんとファウのことを見ていました。でも、いきなりいなくなった。それも、僕が気づかない高度な魔法を用いて……」
と、ブライトは、何処か苦しそうに言う。ブライト以上に魔法を使える人はまずまずいないだろうし、ブライトの防御魔法をかいくぐるということは、相当な手練れ。だから、ファウダーの言葉を信じられないのも無理なかった。
他に誘拐犯がいる。私が誘拐犯でなければ、誰かがファウダーを誘拐しようとしたと、そう彼は踏んでいるのだろう。誰も、そんな人いないのに。
ブライトがこちらをちらりと見た。アメジストの瞳は、少しの不安と、安堵で揺れている。
「迷子……何ですか」
「うん」
「じゃあ、僕は……」
そして、もう一度ブライトは私の方を見た。今度は真っ直ぐと、疑いの目でも何でもなくて。一歩小さく踏み出し、こちらに向かってくるブライト。さすがに、叩かれることはないだろうと思いつつも、身構えてしまう。前科があるから。
私が少し怯えていると、ブライトは困ったように眉をひそめた。
「なんで、貴方はそんな悲しそうなかおをするんですか?」
「悲しい?いやそんな顔してな――」
そう言いかけた瞬間、シュパッと何かが私達の間に落ちてきた。当たっていたら、危険だっただろう。
「な、何!?」
それは、闇の矢で、メラメラとした黒い炎が燃えている。誰かが、私達を狙って、意図的に攻撃してきた。そう捉えるしかなかった。
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