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レイナードとサビィルが同時に叫び、声のした上空を仰ぎ見る。
『カイルの匂いがすると思って来てやったのに、全然違うではないか。……誰じゃ?お主らは』
そう話したのは黒竜だった。ずっと探していた相手が自分の方から姿を表したのだ。この三週間散々森の中を探しても、鱗一枚、影すら見せなかった存在の突然の登場に一行は驚きが隠せない。
だが、気持ちをいち早く切り替えたロシェルが黒竜の疑問に口を開いた。
「カイルの娘、ロシェルです!守ご……きゃぁぁっ!」
二人とニ匹が黒竜の問いに気を取られた隙を突いて襲い掛かって来た魔物の一体がロシェルの肩に爪を立てた。回避し、咄嗟に杖で応戦しようともしたがロシェルは攻撃を避けきれず、主人を守りきれなかったシュウが悲痛な声をあげる。魔物の大きな爪がロシェルのローブを切り裂き、白い柔肌をかすめて血が飛び散った。
森中に響かんばかりの声をレイナードがあげた。
怪我はしたが、傷の浅かったロシェルは彼の怒声に驚きながらも体勢を立て直し、即座に襲って来た魔物を雷撃で倒そうとしたのだが、彼の大剣が飛んできて魔物に貫通したのが先だった。
魔物を消し去り、木に突き刺さって止まった大剣を即座に引き抜き、レイナードが構える。
「くそぉぉぉっ!」
ロシェルを守りきれなかった自分への怒りと、気を散らす原因になった黒竜に対し憤怒を感じた彼の体から、うっすらと光が溢れ始めた。
「……シド?」
その事に驚き、ロシェルが傷を庇いながらレイナードを見ていると、溢れ出た光が彼の握る大剣へと集まり炎に包まれていく様子が瞳に映った。
「……強化魔法が使えるようになったのね」
ロシェルが安堵の息を吐く。レイナードはそんな彼女の言葉を聞く事なく、燃え盛る火を纏った大剣を振るい、周囲を囲っていた魔物達を燃え上がる炎で一掃した。
彼が大剣を一振りするだけで剣が纏う炎が飛び散り、魔物達を無慈悲に焼き尽くす。持ち前の戦闘センスだけで魔法を玄人並みに操り、レイナードが何十体もの魔物を一斉に始末していき、ついには状況が一気に逆転した。
『ほお、連れの痛手を前に目覚めたか』
空を飛び、様子を見ていた黒竜が感心して二人を見ている。
『だが……多いな、まだまだ来るぞ』
「十二時の方向から一軍だ!」
サビィルの声に反応して、レイナードが握る大剣に力を込め、構える。魔力をたっぷり吸収していくと剣は纏う炎の強さを増していき、どんどん大きく膨れ上がっていく。その剣をやり投げのように片手で構えると、レイナードは「うぉぉぉぉ!」と怒号に近い声で叫びながらサビィルの指示した方向へと思いっきり投げ飛ばした。
軌道にある木々を全てなぎ倒しながら大剣が一直線に敵の一団へと向かっていく。速度が落ちる事なく前方へと突き進み、遠く離れていた魔物の集団に当たると全てを焼き尽くした。
「……わぁ」
肩で息をするレイナードの後ろで、傷を手で押さえたままのロシェルが驚きを隠せ沼ま前方を見ている。一直線に木々が消え去った先で、無数の魔物が全て灰になって消えていく様子はまさに壮観だったのだ。
そう声をあげ、黒竜が大きな体を上空で旋回させながらレイナードを称えているが、彼は鬼の様な顔でその竜を睨みつけた。
ロシェルの怪我の原因全てに怒りを感じていたレイナードは、憤怒を全く隠す事なく魔法を操り、今度は弓を構える様な動作をした。それに呼応し彼の手の中へ光が集まると、姿を変え、激しく燃え上がる漆黒の強弓へと変化した。
弦を極限まで引き、黒竜へ炎の矢を向ける。その姿を見てロシェル達が焦る。竜に弓引くなどあり得ない話なのだが、レイナードにその事を教えていなかった事を一同は激しく後悔した。
ロシェルとサビィルが同時に叫び、瞬間的に、主人であるロシェルの命に従う事を優先せねばと思ったレイナードは十時方向へとその矢を放った。
木々の隙間を縫う様にして燃える矢は突き進み、いとも簡単に、また魔物の一団を焼き尽くしていく。
『賢明な判断だ。お主、戦い慣れしておるな。どれだけ怒ろうとも冷静だ』
黒竜は楽しそうにそう告げると、何かを思い付いたらしく、ニタァと笑ってみせた。
『まだまだ奴らは来るぞ。どうじゃ、お主、儂と契約せぬか?』
「……は?」
レイナードは呆れた声をあげて、鬼の形相のまま黒竜を睨みつけた。
回復魔法で先程の傷を癒したロシェルが、そんな彼の姿を場違いな程惚れ惚れとした顔で見詰めている。
『ある理由で今儂は魔物を喰えないのだ。そのせいでこの事態を招いた事の、詫びじゃと思ってくれればいい。なに、深く考えるな、戦力は欲しかろう?人間では魔力に底があるのだからな』
「……お前は、強いのか?」
眉間に皺を寄せ、黒竜の提案にレイナードは疑問をぶつけた。
『はっ!守護竜と言われる儂に強いかと訊くか!』
「守護だかなんだか俺は知らん!俺はこの世界の人間じゃない」
吐き捨てる様に言うと、レイナードは「強いのか⁈答えろ!」と黒竜を怒鳴りつけた。
その姿に黒竜が満足げに微笑み、無言で頷く。
「ならば契約しよう、来い!」
上空にいる黒竜に向かい、レイナードが手を伸ばす。
『契約成立だな。我が名は“アルシェナ”。この世界の始まりの存在だ』
真名を告げたその声は、レイナードの頭の中だけで響いた。
神子が古代魔法を使う時に発する言葉の様に、人には解読出来ない音が黒竜から溢れ出る。グラスハープにも似たその音は光を帯びて集まり、目に見える形へと変化し、それは白く輝く鎖となった。
鎖となった言霊がレイナードの心の臓を目がけ、勢いよく突き刺さる。刺さった箇所を中心に、今度はその鎖が彼の全身に巻き付き、体の中へと消えていった。
「な、なんなんだ?一体」
起きた出来事の不思議さからレイナードは自身の体を見たが、特に変化した感じは無かった。
『脱げばわかるさ』
巨大な体を揺らしながら黒竜が笑う。
『お主は実直でよい魂を持っておるな。儂の目に狂いは無かった』
満足気に長い首で頷くと、自身の背に馬を乗せる鞍の様な物を魔法で作り出す。そして 巨大な体を低空飛行させ、レイナードの体を口に咥えると、彼を己の背に向かって投げた。
投げられた事に少し驚いた顔をしたが、レイナードは状況を察して鞍に跨ると、鐙に足を入れて手綱を握った。
そんな二人の様子をシュウがじっと伺っていた。 そして彼は意を決した顔をしたかと思うと、ロシェルから勢いよく離れ、とんでもない跳躍力を発揮して黒竜の背に乗るレイナードの肩にしがみついてきた。
「シュウ⁈何をしている!お前はロシェルの側に居ろ!」
肩に乗るシュウにレイナードがそう言ったが、シュウは首をぶんぶんと横に振るばかりで降りようとしない。そして『自分も行くのだ』と言わんばかりに彼の首へと巻き付いた。自分がロシェルを守りきれなかった事を悔い、使い魔として挽回したい一心だった。
『やる気があって良いではないか。行くぞ、主人!魔物共を蹂躙してやろうではないか‼︎』
大きな翼を広げ、上空に向かい黒竜が怒号を放つ。
「うおぉぉぉぉ!」
レイナードも声を張り上げ腕を空へと突き上げた。シュウもそれに続き「ピャアアアアアッ!」と可愛らしい声をあげる。
それらを合図とするように、彼らは森の奥から更に襲い掛かろうとしている魔物達目掛けて向かって行く。
そこからはもう、一方的な虐殺に近かった。
無数の魔物達に向かい、シュウが黒竜から魔力を勝手に吸収し、巨大なプレート状の魔法陣を空へと作り出す。黒い黒煙をあげ、常闇を思わせる禍々しい魔法陣が急速に地上へと落下させて魔物達を地面へと押し付けた。その中心に黒竜が乗ったかと思うと、自らの巨体が持つ重さで魔法陣ごと押し潰して魔物を消滅させる。
レイナードは魔力を集め再び強弓を作り上げると、弦を引き、矢を上空へと放った。黒い炎で作られた矢は空で無数に分離し、それぞれが地上を走る魔物達へと突き刺さる。
天敵である竜の出現に一部逃げようとする魔物が居たが、それらを見付けた黒竜は鋭く長い尻尾で薙ぎ払い、容易く一掃してしまった。
「アルシェナ、奴等の発生源を叩く事は出来ないのか?」
次々と魔物を消滅させてはいるが、このままでは一向終わる気配がない。優勢であるとはいえ、 あまりの数を相手にレイナードが黒竜へと訊いた。
『アルと呼んでくれ、真名を他者の前で呼ばれると厄介なのじゃ。儂は、お前をシドと呼ばせてもらおうかの。長い名の方は面倒じゃ』
「わかった。で?」
弓を引き、魔物を消し去りながらレイナードは答えを待つ。
『シドも気が付いたとじゃろう?奴等の正体を』
「……あぁ。奴等は人の——」
レイナードの言葉をアルが遮り、『口にするな、呪われるぞ。言葉にしてはいけない。儂の様な竜となってしまうには、お前はまだ若過ぎる』と、魔物を爪で切り裂きながら言った。
「なら、言わせる様な訊き方をするな」
『あぁ、そうじゃな』と黒竜がクスクスと笑う。そして彼は言葉を続けた。
『アレ等は察しの通り、人の憎悪や醜態そのものじゃ。神々は善なる者のみでこの世界を作ろうと考えたが、人の本性は何処かが常に醜い。嫉妬、憎悪、怒り……それらは人としてあっても良いと儂は思うが、奴等はそうは思わなかったのじゃ。だからソレを人間達が心の中で生み出した瞬間、それらは人の心から消え去る様に人間を創った。行き場を失った悪意は全て魔物と化し、神々の定めた地点で出現し、“魔物”として姿を持つ。それによりこの世界はバランスを保っておるのじゃ』
「喜怒哀楽の『怒』を持たぬ者達か……些か歪んでいるな」
『そうじゃな。でもそうでもしないと“善人のみの世界を創るなんぞ無理があったのかもしれぬ。少なくとも、儂ら始まりの人間達では、神々にそう思われてしまったのじゃ』
黒竜の話を聞き、前にロシェルが言っていた事をレイナードは思い出した。
この世界の人達は怒りを持たない善人達ばかりだ、と。それが自分には苦痛に感じると彼女は訴えていた。その時は忍耐力と自制心のある者達ばかりなのだなと思ったのだが、そうでは無かったのだ。
ロシェルの直感は全て正しかったのだ。
『その事に、魔物達と対峙するにつれ儂は気が付いてしまった。奴等は儂らが元々は持っていた醜さそのものじゃからな。そしてそれを口にした瞬間、この世界の理を壊したくない神々に儂は呪われ、魔物を喰らいながら生きねばならぬ竜となったのじゃ。他の森に居る竜達も、同じ様な者じゃ…… 。シド、儂はお主をかなり気に入っておる。同種になる事もまぁ嬉しいが、人としてのお前をもっと知りたい。だから今後一切、その事をお前は口にするな』
黒竜は懐っこい表情をし、レイナードの方へ顔を向ける。その顔にそっと触れ、鱗に覆われた体をレイナードが撫でてやると黒竜が嬉しそうにスッと目を細めた。
するとシュウが仕事をしろ!と言いたげに「ピュァァッ!」と声をあげ、長い尻尾でレイナードの顔を叩いた。
「あたっ!」
目に当たったのか、レイナードが顔面を手で押さえる。それを見て黒竜がまた楽しそうに笑った。
『楽しいのう、他者との関わりは……本当に』
街があるであろう方へ黒竜が視線をやり、切なそうな顔をした。だが一瞬で表情が引き締まり、まだ残る魔物達に向かって口元に弧を描く様な笑みを浮かべる。
叫び声と共に、レイナードの鎧が黒竜から溢れ出る魔力に影響されて姿を変える。濃紺だった色は黒曜石色に染まり、剥き出しだった頭部には竜をイメージした角のある兜が現れた。手を覆う部位は爪を彷彿させる形へと変化して、背にあるマントも真っ黒だ。
黒竜に跨り、黒い鎧に身を包んだレイナードの姿は光り輝くシュウが側に居ようとも、魔王を連想するものとなった。
戦地から逃げ惑う人々の様な状態と化した魔物を三者が追い、レイナードが黒煙を纏う槍で仕留め、遠方にいるモノには矢を放つ。一切遠慮無い無双っぷりは留まる事を知らず、確実に魔物を数を減らしていく。
『理由があったとはいえ、数百年も放置すると流石に多いのぅ。共食いもする奴等だから、てっきりそう多くは増え無いじゃろうと楽観視しておったのだが、失敗したわい』
「後でたっぷりその理由とやらを聞かせてもらうからな!」
レイナードにシュウも同意し、何度も頷く。
『尋問はお手柔らかに頼むぞ。さぁて……——魔物共を灰へと還そうぞ!』
——その後。黒竜の持つ無尽蔵にも等しい魔力を際限なく使いながら、彼らはこの『最果ての森』から全ての魔物を消し去ったのだった。 異世界から来た騎士団長シド・レイナードが竜騎士となった物語として、この出来事が語り継がれる事となるのはもう少し未来の話だ。
一方その頃。
『最果ての森』の中でレイナード達と別行動をしていた男が杖を振り、周囲にいた魔物の最期の一体を消滅させると、舌打ちをした。
「……私は戦闘職じゃないと、何度言わせる気なのですか、魔物共は!」
ボヤいた瞬間心の中から怒りが消える。
呼吸を整える為「ふぅ」とため息を吐くと、彼は騒音のする方に視線をやった。
荷物の入れ替えをした日に続き、毎晩ちょっとした悪戯をレイナードとロシェルの二人に仕掛け続けた彼だったが、流石に彼等の事態を目の当たりにした事で即座に神殿へと戻る決心をした所だ。
「カイル様に早く知らせねば」
ベルトポーチの中から帰還の魔法を閉じ込めた魔法具を取り出す。
「サビィル、後は頼みましたよ」
梟の鋭い聴覚を頼りにそう呟くと、彼——神官・セナは魔法具を足元へと叩きつけ、状況報告の為に一足先に神殿へと帰還して行ったのだった。