テラーノベル
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ロシェルとサビィルが森の中を移動している。上空を縦横無尽に飛び回り、魔物達を一方的に消し去り続けるレイナードを先程からずっと追いかけているのだが、魔法を駆使しても、そうそう追いつけるものではなかった。
「すごいわ、何て事なの……」
今さっき魔法を使えるようになったばかりの者が、しかも竜とまで主従契約を交わして魔物達に応戦している。その事にロシェルは驚きを隠せない。そして、誇らしくもあった。
「もう終わりそうじゃな、素晴らしい限りだ」
上空から全てを見ているサビィルが手放しで褒める。
「何処に降りるのかわかる?」
「そうじゃな……多分。案内しよう、ついて来い」
「わかったわ、サビィル。ありがとう」
微笑みながら答えると、ロシェルは上空を飛ぶサビィルを見失わないよう、木々のすっかり減ってしまった森の中を駆け抜けて行った。
レイナード達に合流したロシェルは言葉を失った。目に写る光景が理解出来ず、口元を手で覆い、ただ呆然としてしまう。
「……ロシェル?」
黒竜を思わせる鎧の兜を脱いで手に持つレイナードが彼女の到着に気が付き、ロシェルに向かい顔を向けた。
「な、何があったの?」
ロシェルがそう彼に問い掛ける。
主人に会えた喜びを隠さず、シュウが場違いな程はしゃぎ、ロシェルに飛びついた。彼女の首に巻きつき、頬擦りするのを手で撫でてやると、彼は嬉しそうに声をあげた。
「それが、俺にもさっぱり」
ただ呆然とし、レイナードが首を振った。
二人が同時に黒竜へと視線を戻す。するとそこには、ドロドロに腐り果てた黒竜の巨体が地面の上に倒れていた。
「圧巻だな、初めて見たぞ」
酸でも浴びたかの様にどんどん黒竜の体が溶けていき、骨が剥き出しになっていく。圧倒的力を誇り、魔物達から一切の攻撃を受けていなかった黒竜がこの様な姿になる理由がレイナードには皆目見当がつかない。
「最後の数体を、『締めだ』と言いたげに喰ったと思ったら、すぐに此処で倒れて……この様な姿に」
「そう言えば、理由があって、魔物を喰べられないと最初に話していましたよね」
「あぁ、言っていたな」
動揺する二人に対し、サビィルには慌てた様子など皆無だ。彼は黒竜が朽ちていく理由を知っているからだったのだが、唖然とする二人を見る事を楽しいと思ってしまい、黙っている。
「……まぁ見ていろ。一生に一度ですら見られないシーンを逃す事になるぞ?」
そう言い、サビィルが翼で、朽ちて消えていく黒竜を指し示す。
二人がきょとんとした顔のままサビィルの声に従うと、ドロッとした体の中心から、薄っすらと光を放つ塊がモゾッと動くのが見えた。その様子に対して「え?」とロシェル達が声をあげる。
『ぷはぁぁぁぁ!』
光る塊は、水中から息継ぎでもするかの様な動作で朽ちていく内蔵の中から飛び出すと、小さな体を何度も揺らし、泥のついた犬の様に汚れを取ろうとする。翼を広げ、二、三度それを動かすと、今度は空中へと飛び上がった。
『シド!どうじゃ?生まれ変わった儂は愛らしかろう?』
前足をわしゃわしゃと動かし、アルが自慢気にクルクル飛んでみせる。
「……死んだ訳じゃ無かったのか」
レイナードが安堵し、息を吐いた。
『あぁ当然じゃ、儂は死なん。神々がこの“箱庭”をリセットでもしない限りは、じゃがな』
「何が起きたんだ?説明してくれ」
レイナードの言葉に、ロシェルも杖をギュッと握り何度も頷く。腐敗していった方の黒竜の体はもうすっかり消え去り、森の養分となるべく土中に吸い込まれていった。
『魔物は見ての通り腐った姿をしておろう?儂等竜はあれ等を食料にして食べる事で、それぞれの森を守っておる。腐ったモノを食べ続ける事で我が身までもが朽ち果て、ついにはこうなるのじゃ。酷い話よのう』
ふぅと息を吐き出し、アルが肩をすくめる様な仕草をした。
だから『呪いだ』と言っていたのかとレイナードが納得する。食べねば空腹で辛いが、食べても結局これでは、『呪い』と言わざるをえない。
『契約者のいないまま朽ちると、この姿になった時に前の記憶が綺麗さっぱり無くなるのじゃ。過去世を思い出すのはそう……死期間近になってからじゃな。だから儂はここ数百年絶食をし、カイルをこの森で待っていたのじゃよ』
そういえばアルが姿を見せた時『カイルの匂いがしたから来た』と言っていた。カイルが一体どう関係するのか分からず、ロシェルとレイナードが互いの顔を見やった。
『前に会った時に契約を迫ったのじゃ。カイルとの殺し合いがとても楽しくてのう。そしたら「また今度来るから」とその時は逃げられてしまった。じゃから儂は、ずっと住処に篭り、奴がまた来るのを待っていたのじゃ。あと数体も喰えばこうなるのはわかっていたから、ずっとジッとしていた』
父をよく知るロシェルは悲鳴に近い声で言った。
この事態を招いた原因を父・カイルが大昔に作っていた事に対し、怒りと憤りが隠せない。下手をしたら彼等は死んでいたかもしれないのだから当然だろう。
『そうなのか⁈』とアルが驚く。その可能性があるなど微塵も疑わず、空腹に耐えながら心待ちにしていたので、落胆を隠さず肩を落とした。
「……すまん、黒竜殿。私の主人が迷惑をかけたな」
サビィルが謝り、頭を下げる。それを見てアルは、短い前足を左右に振って『お前のせいじゃ無い』とアピールした。
『まぁ……もっと儂好みの、逞しく実直な魂と契約出来たのじゃ。結果としては良しとしようかのう』
落胆しながらも、アルが気持ちを切り替えようとする。だがレイナードはそうでは無かった。
「アル」
赤子くらいのサイズへと生まれ変わった黒竜を呼び、レイナードが腕を差し出す。翼を動かしその場で浮遊したままになっていたアルは呼びかけに対して嬉しそうに応じ、彼の腕へと留まった。
鷹匠の様に黒竜を腕に乗せたレイナードが、アルと見つめ合いながら口を開いた。
「今からカイルに手合わせを願う気は無いか?神子が相手なら、俺達も存分に力を発揮出来るだろう?」
『おぉ!素晴らしいアイデアじゃな‼︎益々気に入ったぞ、シドよ。お主は誠に漢じゃのう、惚れ惚れするわい』
愛らしくなってしまったサイズの羽を広げ、尻尾を揺らしてアルが喜ぶ。
と、その状況を安易に想像出来たロシェルの叫び声が森中に響いた。
——そんな彼等を一人の男が上空から見ていた。
「いいねぇいいねぇ、気に入ったよ。あはは、一目惚れなんてホントにあるもんなんだな」
新緑色の髪に山羊の角を持つ神子が、髪色と同じ色をした目を細め、肩を揺らしながら笑っている。
「森で誰かが大騒ぎをしているから何かと思えば。来てみるもんだ、最高のショーだったよ」
彼等には聞こえないのを知りながらも、神子は拍手をしてみせる。
「さて、後はどうやって出逢いを作るかだが……」
顎に手を当て、んーと少し思い悩む。
「……あれこれ偶然を装うのも面倒だな。直接行きゃあいいか」
短絡的な傾向のある彼は、悩むのを即座にやめて空中で反転すると、カイルの神殿へと飛んで行く。
彼が更なるトラブルを引き起こす事をまだ知らないロシェルは、怒りを抑える事が出来ないでいるレイナード達を止める為に、ただひたすら必至になっていた。
『黒竜の鱗を手に入れる』という目的を、綺麗さっぱり忘れながら。
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