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君に恋の残業を命ずる

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君に恋の残業を命ずる

52 - 番外編 そして、あなたと歩む道 4

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2025年03月22日

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夕日が導いたかのように、翌朝は雲一つない快晴だった。

わたしの家はお父さんとお母さん、妹。そしておばあちゃんが親族として参列した。

大学生になったばかりの妹は、わたしとちがって流行に敏感で派手なことが大好き。

初めて会った裕彰さんや亜依子さん夫妻の華やかさにすっかり魅了されたみたいだ。

「ちょっと、亜海!どこであんなイケメンつかまえたの??」

「んー…つかまえたのもなにも、まったくの奇跡だったというか…」

「ずるいー!ずるいー!」

「静かにしなさい」なんて妹をたしなめるお父さんだって、裕彰さんに会うのはこれで三回目だというのに緊張しっぱなしだ。

対しておばあちゃんはさすがどっしりと構えている。

「早く子宝に恵まれるよう、地元の特産品いっぱい送るってやるべ」

お、おばあちゃん…!曾孫の話はまだ早いよ…!

って和気あいあいとする中で裕彰さんもニコニコ楽しそうだけど、きっと、内心で気にしていることがある。

社長…お父様が、まだお見えになっていないことだ。

その忙しさたるや友樹さん以上。

今日の式に出た後も朝一で社に帰らなければならないため、最終列車に乗って空港近くのホテルに帰ることにしているほどだ。

だからこんな田舎で結婚式は心配だったんだけどな…。

結局、お父様は式が始まる直前になっても姿を見せなかった。

「お父様、なにかあったのかな…」

「おおかた、急な仕事が入ったのかもしれないな。ま、仕方がないよ」

…仕方がないわけなんかない。お父様はきっと今日の式をすごく楽しみにしていたはずなんだから。

そしてそれはきっと裕彰さんだって同じだ。

今日の幸せをお父様に一番に見守ってもらいたかったはずだから。

「ではそろそろ時間ですので、親族の方は先に式場へ」

スタッフの方がやってきた。

やきもきしながら窓を眺めていた友樹さんと亜依子さんも、ゆっくりと控室から出て行った。

「どうしたの、亜海。緊張してきた?」

「そうじゃなくて…」

しれっとした顔をしているけれど、貴方だって本当は気が気じゃないでしょ?

「別に俺は気にしてないよ。たかだか結婚式だ」

うそつき。

貴方が嘘をつくときの癖くらい、もうわたしわかってるんだから。これから妻になる女を見くびらないでよっ。

むっとにらむと、裕彰さんは困ったように微笑んだ。

「花嫁さんがそんな顔するなよ。…でも本当に仕方がないだろ。式を延ばすわけにもいかないし」

「……」

「ではお時間です」と、スタッフの方が静かに促してきた。

しぶしぶ控室から出ようとした、その時だった。

ガチャ!

ノックも無しに、ドアが急に開いた。

社のトップに立つビジネスマンとしては有り得ないような慌てた様子で、お父様が立っていた。

「すまない…飛行機に、乗り遅れてしまって」

お父様は荒い息を整えながら言った。

「もう式が始まる時間か?…申し訳ない…」

「いえ、まだです…!まだこれからですよ!」

「そうか…よかった…」

汗のにじんだ顔にほっとした表情をうかべると、お父様はなかば唖然としている裕彰さんに笑みをこぼした。

「ほぉ…なかなか様になっているじゃないか」

「…あ、ああ…」

裕彰さんは素っ気なくうなづいた。

「よく…来れたな。忙しいのに」

「当たり前だろ。…一人息子の晴れの日だからな」

「……」

無表情を装っている顔の裏で、裕彰さんがどんなにその言葉をうれしく感じているのか、わたしにはよくわかる。

うつむく裕彰さんを見て、お父様も込み上げてくるものをこらえるように床に視線をやった。そして、独り言のようにつぶやいた。

「見せたかったな、母さんにも…」

「……」

「俺が言える言葉じゃないが…でも、一緒にこうして見れたら、どんなにか幸せだったろうな…」

「……」

「おっとすまない。もう時間だろう?邪魔をして悪かった」

お父様が踵を返すと、

「…父さん」

裕彰さんが、小さな声で呼び止めた。

「ありがとう」

思わず振り向いたお父様に、裕彰さんは深々と頭を下げた。

「ありがとう、ここまで育ててくれて。今日から俺は、俺の足で自分の人生を歩んでいくよ」

亜海と一緒に。

そう言って引き寄せてきた手をぎゅっと握って、わたしもゆっくりと同じように深く頭を下げた。

込み上げてきた涙がこぼれないように、大きく息を吸って。

お父様は黙りこくった。

すべての悲しみも後悔も思慕も飲み込み溶かすような深く長い沈黙のあと、やっと一言「ああ」と言った。

「二人とも、幸せにな」





わたしたちの目の前で、扉は今、開かれようとしていた。

「緊張してる?」

「ううん…」

「って、もう泣きそうだけど?」

そういう裕彰さんだって…と言いかけて、微笑んだ。

そして、手を握り続けてくれる彼の手を―――この先、最期の時が二人を分かつまでけして離さない手を、わたしは強く強く握りしめた。

まばゆい陽光を受け入れて、扉はゆっくりと開いた。

鮮やかな花々と、たくさんの大切な人たちに囲まれて、バージンロードは長く長く続いていた。

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