テラーノベル
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部屋に入ってきた男子生徒は、椅子に深く腰を下ろすと天井を見上げた。
「……人と距離感を取るのが下手なんです」
蓮司はペンを回しながら首をかしげる。
「近すぎるのか、遠すぎるのか」
「両方です。仲良くなりたいって思って近づくと、“重い”って思われる気がする。かといって距離を置くと、“冷たい”って思われる気がして……。結局、どうすればいいかわからなくなるんです」
彼は両手で顔を覆い、ぽつりと続ける。
「人と関わるたびに、正解を外してる気がして」
蓮司は少しだけ目を細めた。
「……正解なんて、誰も持ってないさ」
「でも……」
「オレだってそうだよ。近づきすぎて嫌われたこともあるし、引きすぎて“冷たい”って言われたこともある。人との距離感なんて、教科書に載ってるわけじゃない。だからみんな手探りでやってんだ」
男子生徒は顔を上げた。
「……じゃあ、間違えてもいいんですか」
「いいに決まってる。大事なのは“間違えたあと”だろ。相手の表情を見て、声を聞いて、そこからまた調整すればいい。そうやって人との関係は少しずつ作られていく」
しばらく沈黙があった。
男子生徒の表情には、まだ迷いが残っている。
それでも、声は少しだけ柔らかくなった。
「……なんか、ちょっと気が楽になりました」
「そうか。距離感ってやつは、完璧に測れるものじゃない。だからこそ、人と関わる意味があるんだよ」
彼は小さくうなずき、静かに席を立った。
扉が閉まったあとも、室内には彼の吐いた深いため息の余韻が残っていた。
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