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コメント
1件
おお、これは重厚な回でしたね。禁書庫での調査、そしてエレナの手記——「月蝕の子」が厄災ではなく、ただ還ろうとしていた存在だったという真実に、ハヤトたちが少しずつ迫っていく過程がじっくり描かれていて、読んでいてぞくぞくしました。町長が「若いな」と感じたハヤトの真っ直ぐな瞳も印象的で、過去の想いが今、確かに繋がっていく感覚がたまらないです。次の展開が待ち遠しいです。
第十三章 繋がる願い
第十五話 金銀の瞳と辿り着いた真実
教会による“月蝕の子”誘拐未遂事件から数日後。
空には薄い雲が掛かり、ラディスの街はいつも通りの日常を取り戻していた。
市場には人々の声が響き、店には客が並ぶ。
しかしその裏で教会の人間が未だに動いていることを、ハヤト達は知っていた。
ラディス中心部。
町長屋敷の前で、二頭の馬が静かに止まる。
馬から降りたのはハヤトとジュウタロウだった。
石造りの大きな屋敷。
豪華すぎるわけではない。
だが、長年この街を支えてきた者の住まいとしての重みがあった。
ハヤトは馬を繋ぎながら、チラッと隣を見る。
「険しい顔してるぞ」
ジュウタロウは小さく息を吐いた。
「いつも通りだ」
「ははっ、確かにな」
ハヤトが笑う。
二人は門をくぐった。
すぐに使用人が駆け寄ってくる。
「お待ちしておりました」
丁寧に頭を下げる。
どうやら、コバルト・ソルトから話は通っているらしい。
案内された先は屋敷の奥にある執務室だった。
コンコン。
「アスター町長、お客様です」
「入ってもらえ」
扉が開く。
部屋の中央には、小柄な男が立っていた。
五十代半ばほど。
柔らかな茶色の髪。
穏やかな表情。
しかしその瞳には、長年町を背負ってきた者の疲労と警戒が浮かんでいた。
「これは……」
町長は二人を見るなり、慌てて頭を下げる。
だが
「今はただの旅人です」
ハヤトは穏やかに笑った。
「どうか気を遣わないでください」
ジュウタロウも続ける。
「突然の訪問を受け入れていただき、感謝します」
町長は恐縮したように頷いた。
「どうぞ、お掛けください」
三人はソファへ腰を下ろす。
しばらく沈黙した後。
緊張した面持ちで町長が口を開いた。
「ソルト家の当主から伺っておりますが、本日は……どういったご用件でしょうか」
ハヤトは窓の外へ視線を向ける。
そして静かに答えた。
「アスター町長は、長年ラディスの政権を担ってこられた方だと聞いています」
「でしたら……」
金色の瞳が真っ直ぐ向けられる。
「二年前の北門での魔物襲撃事件についても、ご存知ですよね」
その瞬間、町長の表情が僅かに強張った。
「……はい」
「ですが……」
苦しそうに目を伏せる。
「その件について、私から話すことは……」
「教会から止められている」
ハヤトが静かに続けた。
町長は答えなかった。
だがその沈黙が答えだった。
ジュウタロウが口を開く。
「我々も調べました」
「最近、魔物の出現が増えています」
「そしてそれに合わせるように、教会の動きも活発になっている」
「先日の東門近くでの騒動も……」
町長はゆっくり頷く。
「……耳には入っています」
疲れた声だった。
「私はこの街を守る立場です」
「だからこそ、肩入れすることも、対立することもできません」
「ですが……」
町長は窓の外を見る。
「最近の教会の動きには、私自身も疑問を感じています」
「信仰や救済を掲げながら……」
「結果として、人々の不安を大きくしているようにも見える」
静かな沈黙。
ハヤトは町長を見る。
「今回の事件」
「月蝕の子が関わっていることも、ご存知ですね」
町長はゆっくり頷いた。
「……はい」
「北門近くの薬屋の少年」
「二年前の事件とも関係していること」
「そして、教会が彼を探していることも」
ハヤトは静かに続ける。
「今、彼は我々と共にいます」
「もし彼の身が教会へ渡れば……」
一度言葉を止める。
「世界に存在する闇が溢れ、人々の生活を危険にさらすことになるかもしれません……」
町長は黙って聞いていた。
「我々はそれを防ぐために動いています」
ジュウタロウが続ける。
「そのために、知る必要があります」
「月蝕の子とは何なのか、なぜ教会は彼を追うのか……」
そして、ハヤトが切り出す。
「その手掛かりを探すため」
「ラディス図書館の禁書庫を閲覧させていただきたいのです」
町長はしばらく黙り込んだ。
窓の外から遠く人々の話し声が聞こえる。
やがて町長はゆっくり顔を上げた。
そこにいるのは、金と銀の青年。
あまりにも真っ直ぐで、眩しい瞳だった。
——若いな。
町長はふと思う。
だが同時に、自分にはもう持てない強い意志も感じていた。
町長は小さく目を細めた。
「……わかりました」
ハヤトとジュウタロウが顔を上げる。
「あなた方のしようとしていることは、私には計り知れません……」
「私はこの街を守るだけで精一杯ですから」
苦笑する。
「しかし」
町長は穏やかに続けた。
「規模は違えど、願いは似たようなものです」
「こんな私にも出来ることがあるなら、喜んで協力しましょう」
その言葉に、ハヤトとジュウタロウは顔を見合わせた。
そして静かに微笑む。
町長は机へ向かい、書類を取り出す。
さらさらとペンを走らせる音。
最後にしっかり印を押し、その紙をハヤトへ手渡した。
「図書館禁書庫、閲覧許可証です。
こちらへ滞在中は、ご自由にお使いください」
優しい笑みだった。
ハヤトは丁寧に受け取る。
「ありがとうございます」
ジュウタロウも深く頭を下げた。
そして二人は静かに部屋を後にした。
ーーー
ラディス町長との面会を終えたハヤトとジュウタロウは、その足で街中央にある図書館へ向かっていた。
石畳の大通り。
昼下がりの陽射し。
街には穏やかな空気が流れている。
だが二人の胸中には静かな緊張感があった。
「禁書庫、か……」
馬を並べながらジュウタロウが呟く。
「何か手掛かりがあればいいんだがな」
ハヤトは懐の許可証へ触れながら言う。
「少なくとも、教会が隠したがっているものは残っているはずだ」
やがて二人の前へ、ラディス中央図書館が姿を現した。
古く巨大な石造りの建物。
高い天井。
色褪せたステンドグラス。
長い年月、この街の知識を守り続けてきた重みを感じる。
館内へ入ると、静かな空気と紙の匂いが二人を包んだ。
受付に居た司書へ許可証を見せる。
司書は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに頭を下げた。
「少々お待ちください」
奥へ消え、しばらくして古びた鍵を持って戻ってくる。
銀色の大きな鍵。
柄にはラディス町政印が刻まれていた。
「禁書庫の鍵です」
「地下書庫の最奥になります」
二人は礼を言うと、館内奥へ進んでいく。
一般閲覧区画を抜け、関係者以外立入禁止の扉を通る。
さらにその奥。
地下へ続く石階段が現れた。
薄暗い。
壁へ等間隔に設置された魔石灯だけが、ぼんやりと周囲を照らしている。
足音が静かに響いた。
やがて重厚な鉄扉の前へ辿り着く。
ハヤトは鍵を差し込む。
ガチャリ——
重い音。
ゆっくり扉を押し開ける。
途端、古い本独特の匂いが流れ出した。
部屋の中には壁一面へ並ぶ巨大な本棚。
その全てを埋め尽くす膨大な書物。
空気には薄く埃が舞っている。
ジュウタロウが静かに周囲を見回した。
「……なかなか根気のいる作業になりそうだな」
ハヤトも苦笑する。
「何か少しでも、“月蝕の子”に関する手掛かりが見つかればいいのだが……」
二人は手分けして資料を探し始めた。
街の歴史。
古い事件記録。
教会関連資料。
年代別に整理された分厚い本を次々と開いていく。
しばらくして、ジュウタロウの手が止まった。
「……ハヤト」
低い声。
近づくと、ジュウタロウは一冊の資料へ目を落としていた。
そこには二年前の記録が記されている。
——◯月◯日 21時頃
——北門より魔物7体侵入
——門兵2名、応援兵7名、住民5名負傷
——建物被害8棟
——兵士とソルト家長男、及び北門近くの薬屋の少年により討伐される
——薬屋の少年の影を操るような能力が異様であった
ハヤトの表情が変わる。
ジュウタロウは静かに言った。
「簡単ではあるが、ちゃんと記録に残っているな」
「教会では消されていた部分だ」
ハヤトも別の資料を開く。
ラディス周辺における魔物出現記録。
そこにも二年前の事件は確かに記載されていた。
「……ここにも残っている」
ハヤトは小さく息を吐く。
「町長が、この禁書庫への教会の立ち入りを許さなかったんだな」
感心したような声だった。
再び静かな時間が流れる。
古びた書物が並ぶ地下書庫。
魔石灯の淡い光が、長い年月閉ざされていた空気を照らしていた。
ハヤトとジュウタロウは、一冊ずつ資料を確認していく。
帝国の歴史。
魔物の出現記録。
教会の活動記録。
古い年代の資料ほど文字は読みにくくなり、紙は脆くなっていた。
それでも二人は手を止めなかった。
「……やはり」
ハヤトが一冊の資料を開いて呟く。
「三百年前の幽閉塔事件を境に、魔物の出現記録が激減している」
「帝国だけじゃない」
ジュウタロウも別の資料へ目を落とす。
「フィルディアにも同じ時代の空白がある」
二人の間に静かな沈黙が落ちる。
点だった情報が、少しずつ線になっていく。
しかしその作業は膨大な時間を要した。
その日は閉館時間ギリギリまで滞在し、翌日、さらにその翌日も朝から夕刻まで二人で禁書庫に籠る。
そして資料を探し始めてから四日目。
この日も静かな空間には、紙をめくる音だけが響く。
一通りの資料の確認を終えたハヤトの視線が、奥の棚へ向いた。
そこには、歴史資料とは少し違う本が並んでいた。
個人の記録。
家系の記録。
街に暮らした人々の私史。
「……こういうものも残っているんだな」
何気なく数冊を抜き取る。
商人の日記。
職人の記録。
貴族の家系史。
そして一冊だけ、妙に古びた、背表紙に何も書かれていない本があった。
「……これは?」
ハヤトが手に取る。
なぜか分からない。
ただ、少しだけ違和感があった。
ページを開く。
そこには、古い文字で短い一文が記されていた。
――私の懺悔を、ここに記す。
ハヤトの指が止まる。
「……懺悔?」
隣からジュウタロウが覗き込む。
「何の記録だ?」
ハヤトは表紙の内側を見る。
そこには小さな名前があった。
――エレナ。
「個人の手記か……」
そう呟きながら、ハヤトは読み始めた。
-–
私はかつて、ソレイユ帝国に仕える魔導師だった。
生まれつき強い魔力を持ち、幼い頃、その力を見込まれて帝国の魔導師となった。
しかし私は同時に、月の一族の血を引く者でもある。
当時、月の一族は帝国や教会とは距離を置いていた。
我々の持つ力。
治癒の力。
そして闇を還す力。
それらは太陽神を中心とする信仰を揺るがすものとして恐れられていた。
多くの者は森深くへ身を隠し、私は一人、帝国へ残った。
-–
ハヤトの表情が変わる。
「……月の一族」
ジュウタロウも息を呑む。
しかしハヤトは黙って読み続けた。
-–
ある日。
帝国中を騒がせる存在が現れた。
黒髪黒眼の月蝕の子。
伝承でしか聞いたことのない存在。
教会も帝国も、彼女を危険な厄災として扱った。
彼女は北の幽閉棟へ送られた。
私は調査観察役として、一度だけ彼女と対面した。
その時、私は思った。
彼女は厄災などではない。
そこに閉じ込められるべき存在ではない。
ただ悲しそうな目をした、一人の少女だった。
しかし**私は何もできなかった。
-–
ページをめくる。
-–
そして、あの事件が起きた。
幽閉棟から溢れ出した影。
魔物と化した闇。
帝都を、仲間たちを守るため、私は結界を張った。
それは必要なことだった。
あの時の私には、それ以外の選択肢はなかった。
だが、後になって知った。
あの影は、人を傷付けるためではなかった。
ただ、還ろうとしていたのだと。
私の結界は、その道を塞いでいたのだと。
-–
ハヤトの手が止まる。
隣で読むジュウタロウも、何も言わなかった。
-–
事件の後。
私は魔導師の職を離れた。
家族と共に穏やかに暮らした。
しかしあの少女の瞳を忘れることはできなかった。
年月が過ぎ、私はラディスへ移り住んだ。
そこで修道女として暮らすことになった。
だがそれは信仰のためではない。
ただ、自分の罪を忘れないためだった。
-–
さらにページをめくる。
-–
ある日一人の男が教会へ訪れた。
彼の名はレオル。
かつて帝国で幽閉棟の番をしていた兵士だった。
彼もまた、あの日の出来事を抱えて生きていた。
そして彼は言った。
自分はもう長くない。
だから託したいものがある、と。
渡されたのは二つ。
一つは彼自身が記した手記。
もう一つは『月蝕記』
古代文字で書かれた書物だった。
-–
ハヤトの瞳が大きく開く。
-–
私は時間をかけ、月蝕記を読み解いた。
そこに書かれていた真実は、私自身の過ちを証明するものだった。
私は月蝕記を複製した。
この真実を残すために。
そして教会上層部へ伝えた。
しかし彼らは受け入れなかった。
-–
さらに続く。
-–
私は決めた。
原本である月蝕記は、ラディスの古い知人である薬屋へ託す。
彼ならば、何も聞かず守ってくれると思った。
そしてレオルの手記は、私の娘へ。
ミルハの貴族家門へ嫁いだ、彼女の元へ届けることにした
これは、レオルが残した想いだから。
-–
最後の一文。
-–
どうかあの少女とレオルの願いが、
いつか必要とする者へ届きますように。
—
静かな地下書庫。
ハヤトはゆっくり本を閉じた。
しばらく言葉が出なかった。
魔石灯の灯りが揺れる。
ジュウタロウが低く呟いた。
「……だからか」
ハヤトを見る。
「月蝕記の原本がラディスにあり、教会には複製が残されていた」
ハヤトは頷く。
そして懐へしまってある一冊へ意識を向ける。
「俺たちが持っている月蝕記は……」
「エレナが残した複製」
「……繋がったな」
ジュウタロウも静かに頷いた。
点と点。
そして、その先へ続く導線。
「レオルの手記……」
ハヤトは呟く。
「月蝕の子の生きた証が、ミルハにある可能性がある」
三百年前に途切れたはずの想い。
それが今、自分達へ向かって静かに道を示していた。
二人は今、ようやく“真実”へ近付き始めていた。