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第十三章 繋がる願い
第十六話 守りたいもの
あの事件から一週間が過ぎようとしていた。
薬屋の窓から差し込む朝の光。
棚に並ぶ薬草の香り。
静かな店内。
いつもと変わらない穏やかな場所。
けれどその空気の奥には、どこか張り詰めたものがあった。
ダイチは毎日のように、朝早くから薬屋へ通っていた。
食事の用意。
薬の確認。
包帯の交換。
ジントが少しでも痛みで顔を歪ませると、心配そうに顔を覗き込む。
まるで一瞬たりとも目を離さないように。
ほぼ付きっきりだった。
「……ダイチ」
「ん?」
「そこまでしなくても大丈夫だよ」
ジントが苦笑する。
しかしダイチは真剣な顔で首を振った。
「大丈夫ちゃうやろ」
「……」
「また一人で無茶して何かあったら……」
小さく息を吐く。
「オレ、耐えられへん……」
その声にはいつもの明るさとは違うものが混ざっていた。
ジントは何も言わず、静かに目を伏せる。
そしてここ数日。
二人は別の不安も感じていた。
薬屋の周囲をうろつく人影。
昼間でも向けられる視線。
夜になると聞こえる、微かな足音。
その度にダイチは窓の外を確認した。
時には泊り込み、それができない時も馬を店の前へ繋いだままにし、自分が泊まっているように見せかけた。
少しでも、ジントを一人にしないために。
時々ハヤト達がジントの様子を見に来ることもあったが、その不安は消えなかった。
そんなある日のことだった。
カランカラン。
店の扉が開く。
「ジンちゃーーん!!」
明るい声が響いた。
「会いたかったで!!」
勢いよく入ってきたのはシュンタだった。
「なかなか来れんくてごめんなぁ!」
心配そうな顔でジントを見る。
「怪我どうや?」
ジントは少し笑った。
「もう大丈夫だよ」
「まだ痛いけど……歩けるし」
その後ろからハヤトとジュウタロウも入ってくる。
「具合は?」
ハヤトが優しく尋ねる。
「だいぶ良くなったよ」
ジントが答える。
頬にも少し赤みが戻っていた。
以前のような穏やかな表情も戻りつつある。
ジュウタロウは小さく息を吐いた。
「……良かった」
短い言葉。
けれどその声には深い安堵が滲んでいた。
すると隣でダイチが胸を張る。
「俺が毎日ちゃんと世話しとるからな!」
「もう……!」
ジントが頬を膨らませる。
「ダイチは過保護すぎるんだよ」
その様子を見てシュンタがニヤリと笑う。
「いやぁ〜相変わらず仲ええなぁ」
「新婚さんみたいやで」
「なっ……!」
「「シュンタ!!」」
二人の声が重なる。
部屋に笑い声が広がった。
その時。
ハヤトの表情が変わった。
窓の外。
木陰に一瞬、人影が見えた。
金色の瞳が細くなる。
「……」
ジュウタロウもすぐに気付いた。
「見られているな」
その一言で、空気が変わる。
ダイチが苦い顔をした。
「やっぱり……」
「ここ数日ずっとや」
拳を握る。
「誰かが近くにおる」
シュンタも表情を引き締めた。
「実はな……」
少し間を置く。
「ジンちゃんに……懸賞金が掛けられとる」
全員の表情が変わった。
「……!」
「貧民街の情報屋に聞いたんやけど……」
「教会は自分らだけやなく、裏で他の連中にも探させてるらしい」
「目的は……ジントの確保」
ハヤトは静かに目を伏せる。
「そこまでして……」
低い声。
「やはり教会は本気か」
ジントは黙って俯いた。
その時ダイチが口を開く。
「なあ……ジント」
青い瞳がまっすぐ向けられる。
「俺の家に来てほしい」
ジントが目を瞬かせる。
「……ダイチの?」
「ああ」
「もう父上にも、ジントのばあちゃんにも話してある」
「予定では、もっと体が戻ってからと思ってた」
少し悔しそうに笑う。
「でも……今は待ってられへん」
「ここにいたら、ばあちゃんにも危険が及ぶかもしれん」
その言葉に、ジントの表情が固まった。
祖母。
この場所。
失いたくないもの。
少し考えて。
そしてゆっくり頷いた。
「……わかった」
「俺、行くよ……」
ダイチの顔が明るくなる。
「ほんまか!」
「うん」
ジントは少し笑った。
「迷惑ばかり掛けるかもしれないけど……」
「そんなもん今さらや」
ダイチが即答する。
「俺らの仲やろ」
その言葉に、ジントの黒い瞳が少し揺れる。
そして小さく笑った。
ーーー
荷造りはすぐに始まった。
必要な薬。
包帯。
薬草。
マーサは一つ一つ丁寧に説明する。
「これは痛み止め」
「これは熱が出た時に」
ジントは静かに頷いた。
やがて準備が終わる。
ジントは祖母の前へ立った。
「……ばあちゃん、ありがとう」
マーサは優しく笑う。
「ソルト家のみなさんに、よろしくね」
そして少し寂しそうに続ける。
「ジント」
「無理をしないで……ちゃんと帰っておいで」
胸の奥が温かくなる。
「……うん」
「行ってきます」
外へ出る。
そこには小さな馬車が待っていた。
ダイチが手を差し出す。
「ほら」
ジントは少し照れながら、その手を取った。
馬車へ乗り込む。
ダイチが手綱を握る。
「ジントのばあちゃん!」
「心配せんといてな!」
祖母は笑って手を振る。
「よろしく頼むよ」
ハヤト達も静かに頭を下げた。
馬車がゆっくり動き出す。
見慣れた薬屋。
育った場所。
帰る場所。
少しずつ遠ざかっていく。
ジントは窓からその景色を見つめた。
寂しさはあった。
けれど隣には仲間がいる。
守ってくれる人がいる。
そして自分もまた、守りたいと思える人がいる。
馬車は静かに新しい場所へ向かって進み始めた。
◇
やがて馬車はゆっくりとソルト家の門を潜り、広い中庭を進んでいく。
午後の柔らかい日差しを受けた白い屋敷は、どこか温かな雰囲気を纏っていた。
やがて玄関前で馬車が止まる。
ダイチはすぐに御者台から降りると、馬車の扉を開け自然な動作でジントへ手を差し出した。
「ゆっくりな」
ジントは少し照れたように笑いながらその手を取る。
肩へ負担が掛からないよう、慎重に体を支えられながら馬車を降りた。
重厚な玄関扉が開く。
「おかえりなさいませ」
立っていたのはレオンだった。
昔から変わらない、穏やかで優しい笑顔。
その姿を見た瞬間、ジントの胸の奥にあった緊張が少しだけ解けた。
「……しばらくお世話になります」
小さく頭を下げるジント。
レオンは静かに微笑んだ。
「ええ」
「どうぞ、ご自分の家だと思ってお過ごしください」
その言葉に、ジントは一瞬目を瞬かせた。
「……はい」
小さく返事をする。
ダイチがすぐに振り返る。
「まず荷物運ぶか……レオン!」
「はい」
レオンは使用人達へ指示を出した。
「二階の客間をご用意しております」
すぐに数人の使用人が現れ、馬車から荷物を下ろし始める。
その時だった。
「ダイチ兄ちゃん!」
「ジント兄ちゃん!」
タタタッ!!
元気な足音が廊下から響く。
勢いよく飛び出してきたのはシアンとマリンだった。
二人とも目を輝かせている。
「ジント兄ちゃん、しばらくこっちいるんでしょ!?」
シアンが嬉しそうに身を乗り出す。
するとすぐ隣で、マリンが腰へ手を当てた。
「もう!」
「ジント兄ちゃんは怪我してるのよ!遊びに来たんじゃないんだから!」
シアンを見て眉を吊り上げるマリン。
ジントは思わず困ったように笑ってしまう。
するとダイチがニヤリと笑った。
「そうやで!」
「しばらく俺もこっちでゆっくり過ごすから、俺が沢山お前らの相手したる!」
「やったー!!」
喜ぶシアン。
「ホント!?いっぱい遊ぼ!」
マリンも嬉しそうに笑う。
そんな二人を見て、ジントの頬にも自然と笑みが浮かんだ。
ーーー
客間へ向かうため、廊下を歩いていると、向こうからダイチの両親がやってきた。
ジントは慌てて姿勢を正す。
そして深く頭を下げた。
「この度は……本当にありがとうございます」
「ご迷惑をお掛けしますが……よろしくお願いします」
少し緊張した声音。
コバルトはそんなジントを静かに見つめ、穏やかに口を開く。
「ジント君」
「ダイチから話は聞いている」
「……色々、大変だったな」
責めるでもなく、同情を押し付けるでもない。
ただ静かな気遣いの言葉だった。
レイラも柔らかく微笑む。
「ちょっと我が家は賑やかかもしれないけれど」
「ゆっくりくつろいで過ごしてもらえたら嬉しいわ」
その優しさにジントは再び頭を下げた。
「……ありがとうございます」
ーーー
やがて客間へ通される。
高い天井。
大きな窓。
綺麗に整えられた広いベッド。
柔らかな絨毯。
薬屋とはまるで違う空間だった。
ジントは落ち着かなさそうに辺りを見回す。
「……なんか、緊張するなぁ」
するとダイチが悪戯っぽく笑った。
「じゃあさ、俺の部屋行かん?」
その瞬間ジントの顔がぱっと明るくなる。
「うん!」
二人はそのまま、ダイチの部屋へ向かった。
扉を開ける。
そこには、子供の頃から何度も訪れた見慣れた空間が広がっていた。
剣。
様々な物が並べられた棚。
窓辺。
少し散らかった机。
全部変わっていない。
ジントはふっと肩の力を抜く。
「……こっちの方が、なんだか落ち着くなぁ」
ダイチが嬉しそうに笑う。
「せやろ!」
窓を開ける。
秋の午後の涼しい風が、ふわりと部屋へ流れ込んできた。
その時だった。
コンコン!
「ダイチ!」
ガチャ!!
返事を待たず、勢いよく扉が開く。
「もう!!姉ちゃん!!」
「勝手に開けんといてっていつも言うとるやろ!!」
ダイチが即座に叫ぶ。
そこへ立っていたのはアズールだった。
アズールはジントを見ると、
「あっ……!」という顔になる。
「ご、ごめんね!」
「ジント君も居たのね!」
慌てて謝る。
ジントは首を横に振った。
「いえ……!」
「しばらくお世話になります」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
アズールは優しく微笑んだ。
「こちらのことは気にせず、ゆっくり休んでね」
そして次の瞬間。
バシッ!!
「いてぇっ!!」
ダイチの背中を思い切り叩く。
「ダイチ!」
「あんた、しっかりすんのよ!」
「姉ちゃん馬鹿力すぎやって!!」
大げさに騒ぐダイチ。
そんな弟を見て、アズールは呆れたようにため息を吐いた。
……が。
次の瞬間、そっとダイチの耳元へ顔を寄せる。
「……何か進展あったら教えてね?」
楽しそうな小声。
「っ!!」
一瞬で顔が赤くなるダイチ。
アズールは満足そうに笑う。
「じゃ、ごゆっくり〜!」
ひらひら手を振りながら、部屋を出ていった。
バタン。
扉が閉まる。
しばらく沈黙。
ジントは首を傾げた。
「……ダイチ?」
ダイチは真っ赤な顔のまま、大きく息を吐く。
「……姉ちゃん、昔からああやねん」
「?」
「余計なことばっかり言う」
ジントは少し考えてから、ふっと笑った。
「でも……楽しそうだね」
その一言にダイチは少し驚いた顔をする。
そして柔らかく笑った。
「……まあな」
窓の外を見る。
昔から変わらない景色。
けれど今日はそこに、ジントがいる。
「でも、まあ……」
小さく呟く。
「これから毎日あれに付き合うと思うとなぁ……」
遠い目をするダイチ。
ジントはくすっと笑った。
「頑張って」
「他人事やな!?」
そんなやり取りが、静かな部屋に響いた。
コメント
3件
お姉ちゃんにからかわれてるダイチが可愛いです笑そして他人事なジントも可愛い🤭︎💛💙
ダイチがジントを自分の家に連れて帰ると決めたの、本当に良かった……。「オレ、耐えられへん……」の台詞に全部詰まってたわ。温かいソルト家の日常と、ジントに懸賞金が掛かってる緊張感の対比が効いてて、「守る」って言葉の重さがぐっときた。アズール姉ちゃんの絡みも最高に面白かった笑
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