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蝶舞(かれん)@常にスランプ
#女主人公
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王都グラツィアルは、変わっていた。
城門は開いている。
行き交う人の数も、決して少なくはない。
それでも――
「……静かすぎるな」
サイラスは、フードを目深にかぶりながら呟いた。
隣を歩くユンナが、小さく首を傾げる。
「静か、ですか?」
「勝った街の音じゃない」
かつてこの街を包んでいた喧騒を、サイラスは知っている。
商人の怒鳴り声、兵士の笑い声、子供たちのはしゃぐ声。
だが今は違う。
人はいる。だが、声がない。
皆、周囲を気にしている。
誰かに“見られている”ことを前提に、生きている。
――監視されている街だ。
通りの壁に貼られた紙が、風に揺れていた。
ユンナが足を止める。
「軍師様、これ……」
サイラスも視線を向ける。
そこには、太い文字でこう書かれていた。
『祖国の敵を告発せよ』
『沈黙は裏切りである』
『共和国はあなたの勇気を必要としている』
「……ずいぶん変わったな」
かつて貼られていたのは、もっと違う言葉だったはずだ。
自由。平等。新しい時代。
人々はそれに期待し、歓声を上げていた。
だが今、貼られているのは――疑いと告発の言葉。
ユンナが小さく言う。
「これ……いいこと、なんですか?」
サイラスは答えない。
ただ、通りを見渡す。
パン屋の前で並ぶ人々。
だが誰も会話をしていない。
兵士が一人、列を見張っている。
剣を抜いているわけでもない。だが、その視線だけで十分だった。
「いいか悪いかは、まだわからない」
しばらくして、サイラスは静かに言った。
「だが――」
視線を、告発のビラへ戻す。
「長くは続かない」
その言葉に、ユンナは息をのむ。
遠くで、鐘の音が鳴った。
低く、重く、どこか乾いた音。
一度。二度。三度。
「……処刑の合図、ですかね」
通りの誰かが、そう呟いた。
その瞬間、空気がわずかに揺れる。
人々の視線が、一斉に同じ方向へ向いた。
広場だ。
サイラスも顔を上げる。
「……始まるな」
フードの奥で、その目だけが鋭く光った。
「行くぞ、ユンナ」
「はい」
二人は人混みに紛れるようにして、歩き出す。
歓声のない行進。
誰も声を上げないまま、同じ場所へ向かっていく。
王都グラツィアルは今、
“自由”の名のもとに、静まり返っていた。
重い扉が閉じられる。
「秘密警察からの報告では——
サイラス・イシスが首都に潜入した模様です」
バルタザールの声は低い。
「これは好機です」
「奴をギロチンに送れば、全国の王党派は意気消沈するでしょう」
すぐに、リシュリアンが身を乗り出す。
「その通りだ!」
「民衆は勝利を求めている!
サイラスの首は最高の“演出”になる!」
机を叩く。
「革命は正しいと、誰の目にも明らかになる!」
マルセルは腕を組んだまま、短く言った。
「戦えば負けます」
空気が止まる。
「我が国民軍は理想はある。だが——」
「戦場は理想では勝てない」
視線だけでバルタザールを見る。
「奴は戦で生き残ってきた男だ」
沈黙。
その沈黙を破ったのは、エリスだった。
「……話し合いは、できないのでしょうか」
誰もすぐには答えない。
「流血を避ける道があるなら——」
ジュールが遮る。
「不要だ」
冷たい一言だった。
「奴は革命を否定する者だ」
「王政を復古しようとする敵だ」
「議論の余地はない」
わずかに視線を落とす。
「排除するだけだ」
その時。
静かに扉が開いた。
部屋の空気が変わる。
アダムが入ってくる。
誰もが口を閉じた。
アダムは席につかない。
ただ、窓の外——王都のざわめきを見ている。
「……来たか」
誰にともなく、呟く。
振り返らないまま続ける。
「サイラス・イシス」
「時代遅れの軍師」
静かに笑う。
「ちょうどいい」
ゆっくりと振り返る。
「明日、広場に立つ」
全員が顔を上げる。
「奴も来るだろう」
「ならば——」
わずかに間。
「どちらが正しいか」
「民衆の前で証明してやる」
沈黙。
誰も反対しない。
できない。
ジュールだけが、わずかに頷いた。
灯りは最小限。
地図と駒だけが机の上に広がっている。
サイラスが、静かに口を開く。
「今回の最大の目的は——」
「国王陛下の救出だ」
短く、誰かが頷く。
「……うん」
「もう一つある」
視線が集まる。
「民衆の目を覚まさせることだ」
一瞬の沈黙。
「……どうやって?」
サイラスは、机の上の駒をひとつ動かす。
「革命政府は、王政とは違う」
「議会と民衆の支持によって成立している」
「つまり——」
「支持が崩れれば、戦わずに倒れる」
ざわめき。
「正面から叩く必要はない」
「“正しいと思わせている前提”を崩せばいい」
その時。
エスカリオが口を開く。
「議会のミルバー議員から連絡がありました」
「……うん」
「もう、ついていけないと」
「明日、臨時議会でアダムを「共和国の敵」と認定するそうです」
空気が変わる。
「ということは」
「明日の国王陛下の救出が成功すれば——」
言葉を継ぐ。
「アダムは失脚する」
ガイロが息を呑む。
サイラスは淡々と続ける。
「いや」
全員が顔を上げる。
「失脚“させる”」
一瞬の静寂。
地図を指でなぞる。
「処刑場周辺は、すでに兵で固められている」
「だが群衆もいる」
駒を二つ動かす。
「ここで火をつける」
「群衆の中に疑問を生む」
「そこに、我々が入る」
さらに一つ、駒を外す。
「混乱が生まれた瞬間」
「王を引き抜く」
エスカリオが低く言う。
「……危険すぎる」
サイラスは、わずかに笑った。
「革命は、命がけらしいですよ」
そして、最後に一言。
「明日、終わらせる」
灯りが揺れた。
群衆が波のようにうねっている。
処刑台の上。
風に揺れる旗。
血の跡がまだ乾いていない木材。
先ほどのリシュリアンの中身のない
演説をあくびをしながら聞いていた
美しい青年が
その中央に立つ。
ジュール
静かだった。
あまりにも静かだった。
ざわめきが、自然と消えていく。
やがて、口を開く。
「……諸君」
声は大きくない。
だが、よく通る。
「我々は、なぜここに立っているのか」
「それを忘れてはならない」
一歩、前に出る。
「王は——」
わずかに間。
「人民の上に立つ存在ではない」
「人民の上に立った瞬間、それは“敵”となる」
ざわめき。
だが誰も否定しない。
「裁判が必要だと?」
首を振る。
「違う」
「王を裁くこと自体が、誤りだ」
「なぜなら——」
視線が、群衆を貫く。
「王を裁くということは」
「王を“市民の一人”として扱うことになる」
「そんなことはありえない」
声が、わずかに強くなる。
「王は、市民ではない」
「王は、制度そのものだ」
「そしてその制度は——」
「我々の自由を奪ってきた」
一瞬の静寂。
そして。
「ならば結論は一つだ」
「王は裁かれない」
「排除される」
空気が震える。
誰かが息を呑む音がする。
「無実かどうかは関係ない」
「善人だったかどうかも関係ない」
「必要かどうか——それだけだ」
ゆっくりと手を上げる。
「革命に例外はない」
「例外を認めた瞬間、革命は終わる」
群衆の中から、小さな声。
「……処刑だ」
それが広がる。
「処刑だ!」
「処刑しろ!」
ジュールはそれを見て、わずかに目を細めた。
喜びではない。
確信だった。
「これが民意だ」
静かに言い切る。
「革命万歳」
歓声が爆発する。
だがその歓声の中に、
わずかに混じる“ためらい”を——
見ている者は、まだ少なかった。
目に怒りを宿した、
汚れた外套の青年が――
広場の中央へと歩み出た。
その周囲を、屈強な男たちが取り囲んでいる。
逃げ場はない。だが、その足取りに迷いはなかった。
ざわめきが波のように広がる。
「サイラスだ!」
誰かが叫んだ。
「サイラス・イシスだ!」
「祖国防衛戦争の英雄――!」
その声に、別の叫びが叩きつけられる。
「王党派の一味だ!」
「反革命分子だ!」
「反乱軍の司令官だ!」
歓声と罵声がぶつかり合い、
広場の空気を引き裂いていく。
英雄か。
反逆者か。
そのどちらでもあるかのように、
サイラスはただ前を見ていた。
やがて――
人々は、無意識に道を開ける。
押しのけられたわけでも、命じられたわけでもない。
ただ、その存在に気圧されるように。
ざわめきが、一歩ずつ後退していく。
静寂が、円を描くように広がった。
その中心で、
サイラスは足を止める。
視線の先――
処刑台の前に立つ男。
ジュール。
二人の間に、言葉はない。
ただ、これから流れる血の気配だけが、
確かにそこにあった。
広場。
熱狂の残る空気。
処刑台の前。
一人の男が、群衆の中から歩み出る。
ざわめき。
サイラスは、その中央に立った。
「皆さん」
静かな声だった。
だが、不思議と届く。
「私は——」
「国王ヨシュアの臣民にして」
「グラツィア国王軍軍師」
「サイラス・イシスです」
ざわめきが広がる。
「本日、私は」
「国王処刑に反対するために、ここに来ました」
一歩、進む。
「私は戦場に長く身を置いてきました」
「多くの死を見てきた」
「焼けた村も、倒れた兵も」
「泣き叫ぶ家族も」
わずかに間。
「……ですが」
視線を上げる。
「この光景は、それ以上だ」
ざわめきが止まる。
「王がすべて正しかったとは言わない。
だが――それでもこれは違う」
「人の首を落とし」
「それを見世物にする」
「それが“正義”だと、胸を張る」
「——それは、本当に人の国か?」
「では聞く」
「昨日処刑された男の名前を、誰か言えるか?」
沈黙。
「かつて」
「ヴァンガルド帝国が侵攻してきた時」
「我々は肩を並べて戦った」
「王も、貴族も、平民も」
「同じグラツィア人として」
一歩、踏み出す。
「だが今はどうだ」
「互いを監視し」
「疑い」
「密告し」
「そして——殺す」
「それが、あなた方の望んだ国か?」
誰も答えない。
「私は軍人だ」
「命令があれば、人も殺す」
「だが——」
「無意味な死は認めない」
「国を守るためでもない」
「仲間を守るためでもない」
「ただ恐怖のために、人を殺すことを」
「私は、戦いと認めない」
静寂。
「だから私は」
剣に手をかける。
「誇りある王国軍の一人として」
「この“国の形をした何か”と戦う」
最後に、群衆を見渡す。
サイラスは泣きそうな顔で叫ぶ
「正しければ何をしたって許されるわけじゃないんだ」
「選んでください」
「恐怖に従うか」
「それとも——」
「人として生きる道を選ぶかです」
沈黙。
ジュールの横に、アダムが現れる。
「もはや――議論は尽くされたようだな」
そう言うと、静かに目を閉じた。
「そのようですね」
サイラスは短く答え、
ゆっくりと剣を鞘に収める。
そして――右腕を挙げた。
「捕らえよ!」
アダムの腕が振り下ろされる。
その瞬間――
轟音。
広場を取り囲む建物のいくつかが、同時に爆ぜた。
遅れて、衝撃と悲鳴が押し寄せる。
「な、なんだ――!」
煙が立ち込め、視界が揺らぐ。
民衆は一斉に崩れた。
誰かが転び、誰かが踏み越え、
秩序は一瞬で瓦解する。
まるで、砂が崩れるように。
群衆は散り、広場は空洞となった。
その隙を突くように――
一人の男が駆け出す。
「かかれ!」
エスカミオだった。
一直線に、王ヨシュアのもとへ。
「邪魔立てするな!」
ジュールが剣を抜く。
火花のように、二人の距離が縮まる。
一方――
広場の警備兵は、サイラスへ殺到した。
だが、
「退け」
低い声とともに、近衛兵が前に出る。
ガイロが一閃。
剣がぶつかり、火花が散る。
サイラスは動かない。
ただ、状況を見ている。
すべてが――計算通りであるかのように。
「くそ……!」
アダムは歯噛みした。
何かを叫ぼうとするが、言葉にならない。
秩序は、もう彼の手の中にない。
そこへ――
「報告!」
マルセルが、息を切らして処刑場へ駆け込んだ。
「王党軍、接近! 三千!」
「――なに?」
「ただちに迎撃に移ります!」
「失礼!」
アダムの視界が揺れる。
爆発、暴動、侵入――
すべてが同時に起きている。
誰が敵で、どこを守るべきか。
その判断すら、追いつかない。
サイラスは、静かにアダムを見た。
そして――
わずかに口元を動かす。
「遅い」
その一言が、
すべての決着を予感させた。
膝をついたままの国王のもとへ――
一人の女性が駆け込んできた。
「陛下……!」
エリスだった。
震える手で縄にかかる。
うまくほどけない。指がもつれる。
「ごめんなさい……」
かすれた声が、こぼれる。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」
何度も、何度も――同じ言葉を繰り返しながら、
エリスは泣いていた。
「顔を上げなさい、エリス」
国王は微笑みで応えた
ようやく、縄が外れる。
その瞬間――
「この、裏切り者が!」
怒号。
ジュールの剣が、後ろから振り下ろされる。
鈍い音。
エリスの体が、崩れた。
その顔を、ジュールは鬼のような形相で見下ろす。
だが、次の瞬間――
視線が動く。
「……!」
処刑台の外。
国王はすでに立ち上がり、
エスカミオと近衛兵に守られながら、
処刑場の外へと向かっていた。
逃げられる。
そう判断した瞬間、ジュールの足が動く。
だが――
間に合わない。
振り向く。
その先にいるはずの男。
アダム。
だが。
「なぜだ……なぜ民意が揺らぐ……?」
口が、わずかに動く。
しかし――
何も出てこない。
広場のすべてが崩れていく中で、
ただ一人、
彼だけが取り残されていた。
王都の外では
国民軍のマルセルと王党軍のローガンが激突
国民軍は一撃のもとに崩れると
ローガンとドーン・セイゴは
王都に入場した
「陛下、こちらへ!」
エスカミオが叫ぶ。
左右を近衛兵が固め、国王ヨシュアを囲む。
崩れた処刑台から、石段を駆け下りる。
背後で、怒号が爆ぜた。
「逃がすな!」
ジュールの声。
振り向かずとも、迫ってくる気配がわかる。
「しんがりは俺が務める!」
ガイロが立ち止まり、剣を抜いた。
「行け!」
その一言で、隊列が前へ押し出される。
石畳に血が飛ぶ。
剣戟の音が、背中で弾けた。
「止まるな!」
エスカミオが叫び、角を曲がる。
狭い路地。
左右の窓は閉ざされ、人影はない。
王都は、息を潜めていた。
「前方、確保!」
先行の兵が手を振る。
その瞬間――
屋根の上から矢が降った。
「伏せろ!」
近衛兵が盾を掲げ、ヨシュアを押し倒す。
矢が石畳に突き刺さり、火花を散らす。
「くそ……まだいるか!」
エスカミオが歯噛みする。
だが、次の瞬間。
――パンッ
乾いた音。
屋根の上の影が、ひとつ落ちた。
続けて、二つ、三つ。
「上は抑えた!」
路地の奥から、別働隊の声が飛ぶ。
ユンナの手配だ。
「進め!」
再び走り出す。
背後の剣戟が、遠ざかっていく。
だが――
完全に振り切れたわけではない。
「右だ!」
エスカミオが叫び、さらに細い通りへ滑り込む。
曲がり角の先に――
荷馬車が横倒しにされていた。
即席の障害物。
「予定通りだ!」
近衛兵がそれを押し広げ、隙間を作る。
「陛下、ここを!」
ヨシュアは一瞬だけ振り返った。
遠く、煙が立ち上る広場。
そして――
膝をついたまま、動かない一人の少女。
「……行こう」
小さく言い、前を向く。
その目に、迷いはなかった。
障害物を抜ける。
さらに奥へ。
さらに外へ。
やがて――
重い扉の前に出た。
「開けろ!」
軋む音とともに、扉が開く。
その先は――
王都の城門。
乾いた風が、吹き込んできた。
「……出たぞ」
誰かが呟く。
次の瞬間、歓声が上がる。
「陛下、ご無事で!」
外で待機していた王党軍が、膝をついた。
三千の兵が、一斉に頭を垂れる。
ヨシュアは、静かにその光景を見渡した。
そして――
ゆっくりと、口を開く。
「顔を上げよ」
兵たちが顔を上げる。
その目を、まっすぐに見据えて言った。
「まだ、終わってはいない」
風が吹く。
王の外套が、はためく。
その背後で――
王都グラツィアルは、なお燃えていた。