「おい、倉本がまたなにか描いてるぞ」
「あ、ちょっと!」
倉本くんが、クラスの陽キャにノートを奪われる。
「これ彩花じゃね?もしかして好きなの?」
「あ、いや…べべ、別に…」
慌てふためく倉本くんは、気の毒なほどに情けない。
「彩花付き合ってやれば?」
「いや、デブとか勘弁。マジで気持ち悪いから」
殺意と嫌悪のこもった言葉に、僕も傷つく。
陽キャはからかい飽きると、彩花さんと一緒に教室から出て行った。
「倉本くん、大丈夫?」
捨てられたノートを拾い、涙目の倉本くんに渡す。
「ありがとう、藤岡。こんくらいなんてことねえよ」
倉本くんはいつも強がる。
「彩花さん、残念だったね」
「かか、勘違いすんなよ!別に好きじゃなかったし!ポニテの練習したかったから被写体にしてただけだっつーの!」
でもポニテ好きになったの彩花さんきっかけじゃん。
と、内心で呟く。
口にしたら、倉本くんの傷口をえぐりそうだ。
「くっそ、あの陽キャ野郎…将来ゼッテー見返してやる…」
「カラオケでも行く?また今期のアニメ縛りでさ…」
「いや、藤岡。今日はお前をある場所に連れて行きたいんだ」
倉本くんが、急に声色を変えて喋りだした。
最近、ハマっている声優さんの真似だ。
アニメの話ができるのは嬉しいけど、彼のこういう厨二的なとこは正直好きじゃない。
僕も友達を選べる立場じゃないからな、何も言えない。
「ついてこい」
連れて行かれたのは、屋上へ続く扉の前だった。
「屋上って立ち入り禁止でしょ?鍵もないし」
「ふふ。まあ、見てろ」
倉本くんはポケットから鍵を取り出した。
中世を思わせる古風なデザイン。
何かの特典かな?
明らかに屋上の鍵じゃない。
「え?」
けれど、鍵は綺麗に差し込まれた。
ガチャリ、と音がして扉が開く。
「驚くのはここからだ、藤岡」
確かに屋上へ続く扉だったのに、中は真っ白な空間だった。
意味がわからない。
扉の外は屋上前の踊り場。中は別の部屋。
「なに、これ?」
「すごいだろ!俺は異次元ルームと呼んでいる!」
「ど、どういうこと?」
「詳しいことはわからん。朝起きたらこの鍵を握ってたんだ。で、適当に差してみたらここの部屋に通じてた」
「そんなアニメみたいな……」
部屋を見回す。
真っ白な部屋。
僅かな陰影から察するに、おそらく15畳くらいのワンルーム。
巨大なモニターや、最新の据置ゲーム機、テレビや椅子が設置されている。
反対側の隅にはカラオケ機器もあった。
「これ、全部、倉本くんの?」
「いや、最初からあったんだよ。どういう仕組みかわからんが、電気もネットもWi-Fiもあるぞ」
モニターの裏を見ると、コンセントプラグは直接壁に刺さっていた。
Wi-Fiは文字化けしてるが使えるようだ。
「この鍵を使うとどの扉からでもこの部屋に繋がる。出るときはこの扉に鍵を差して、出たい扉を想像すると…そこに繋がる」
倉本くんが扉を閉め、鍵を差込み再び扉を開く。
扉の先は、倉本くん家の廊下だった。
「ぶっちゃけ部屋よりこっちの能力の方が便利。難点は鍵付きの扉で知っている場所しかいけないことだな」
再び扉を閉める。
「すごいだろ」
「すごいどころじゃないよ!なにこれ!」
「ははは!だろ!俺たちだけの秘密基地だ!」
「でも、なんで僕に教えたの?」
「は?だって俺ら友達だろ?」
倉本くんがさも当然のように答える。
「それにほら。藤岡って自分の部屋持ってないって言ってじゃん?親がキレるからアニメ見れないって」
「う、うん…」
僕はお母さんと2人で、6畳の部屋に住んでいる。
お母さんは神経質で、少しでも僕のスマホから音がすると怒鳴るからアニメが見れない。
「ここなら、気にせずアニメ見れるじゃん」
「倉本くん…」
初めて倉本くんが友達で良かったと思った。
「てなわけで、さっそく観賞会しようぜ!巨大モニターもついてるし!」
リュックからブルーレイボックスを取り出し、倉本くんが叫ぶ。
「帰る時間も関係ねえから、ギリギリまで見れるぞ!」
「うん!」
それから僕と倉本くんは巨大モニターでアニメを爆音再生して。
ハイテンションのままカラオケで歌って、好きなだけ騒いだ。
倉本くんのいう通り、異次元ルームは本当に異次元らしい。
どれだけ大きな声を出しても苦情はこなかったし。
僕ら以外の人が来ることもなかった。
帰りは、倉本くんが僕ん家の玄関に繋げてくれた。
「明日もアニメ鑑賞会しような」
翌日。
アニメ鑑賞会はできなかった。
「倉本、くん?これは、どういうこと?」
朝のホームルーム前に、倉本くんに異次元ルームに連れてこられた。
そこには。
全身をガムテでぐるぐる巻きにされ、さらにロープで縛られた陽キャがいた。
陽キャは微動だにしない。
横にあるコンクリートブロックを見て、察する。
「どうしよう、藤岡」
椅子に座って頭を抱える倉本くんが言う。
「俺、やっちまった…」
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