ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ……
目覚まし時計の音が響き、美空は目を覚ました。
ベッドの上で大きく伸びをした後、しばらくぼんやりする。
どうやら夢を見ていたようだ。
あの日以来、何度も見る夢。
それは、母がドレッサーで化粧をしている隣で、幼い美空がジュエリーボックスを覗いている場面だった。
母の優しい笑顔、穏やかな声、温かな手のぬくもり……夢なのに、あまりにもリアルに感じられるから不思議だ。
美空はかつて、父と母と三人家族だった。
そう……あの頃までは。
(起きなくちゃ! 遅刻しちゃう!)
美空は慌ててベッドから飛び起きた。
このアパートに住み始めて、もう六年が経つ。大学入学を機に一人暮らしを始め、今は社会人三年目だ。
美空は現在、銀座の老舗宝飾店で正社員として働いていた。主な仕事は、売り場での接客業務だ。
もともと宝石に興味があった美空にとって、この宝飾店で働くことは夢だった。
美しい宝石を扱い、その輝きに触れる日々は、美空にとってはこの上ない喜びだ。
接客業は慣れるまでは大変だったが、銀座という場所柄、訪れる客は上品な富裕層が多い。だから、これまで特にトラブルに遭遇したこともない。
入社三年目の今は、少し余裕を持って接客を楽しめるようになっていた。
(トーストを焼かなきゃ!)
コーヒーを淹れながら、パンを焼くのを忘れていたことに気づき、美空は慌ててトースターにパンを入れる。
こんがり焼けたパンにジャムを塗って食べ始めると、だんだんと目が覚めてきた。
朝食を済ませた美空は、昼食用の簡単な弁当を作りながら、テレビの天気予報をチェックする。
「今日も晴れか……」
そう呟くと、美空は弁当を手早く仕上げ、出かける準備を始めた。
アパートを出た美空は駅へ向かう。
職場までは三十分ほど。都心の朝の混雑した電車には、もうすっかり慣れた。
吊り革を握りながら、美空は窓の外を見る。
桜が散り始めるこの時期、電車内には新入社員らしきフレッシュマンたちの姿が目立った。
流れる景色をぼんやりと眺めつつ、美空は昨夜の夢を思い返した。
母は春の陽気のように優しくて温かな人だった。父もまた、穏やかで思いやりに満ちた人で、家族三人で過ごした日々は幸せそのものだった。
美空の家庭は裕福ではなかったが、母の宝石箱にはいつも色とりどりの宝石が並んでいた。
その理由は、父が宝飾加工職人だったからだ。
父の加工技術のレベルは高く、仕事ぶりは丁寧かつ迅速で、その評判はすぐに口コミで広がった。
有名ブランドや大手デパートからの依頼も多く、自営でありながら生活は安定していた。
しかし、母は決して贅沢はせず、家計をやりくりしながら少しでも貯えを残すように努めていた。
美空の母は、普段結婚指輪以外のジュエリーを身に着けることはなかったが、時折、宝石箱を開けて愛おしそうにジュエリーの手入れをしていた。
その時の母の幸福感に満ちた表情を見ているだけで、幼い美空も幸せを感じた。
柔らかな布でひとつひとつ丁寧に磨かれたジュエリーは、以前にも増して一層輝きを増す。
美空は、そんな環境で育ったので、自然と宝石を愛するようになった。
ちょうどその時、職場の最寄り駅に着いたので、美空は電車を降りていつもの出口へ向かった。
そして、駅を出ると背筋をピンと伸ばし、勤務先のビルへ向かって歩き始めた。
コメント
11件
堅実なお父さん 優しいお母さん 二人に愛されて育った美空ちゃん 穏やかな家庭が想像されるマリコ様の表現 素敵なお話ですよね ❤️
素敵なご両親。それに母が宝石を大切に手入れする様子を見てたら美空ちゃんも自然と宝石💎が好きになっちゃうね。
「あの頃まで」は、何時なんでしょう?そこはかとなく物悲しい空気を感じています😧 でも背筋を伸ばしてお仕事モードになる美空さん、頑張れ🧡