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海の紅月くらげさん
Nonn❄2
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私が《管理》を任されているこの惑星は【ハコブネ】の名を冠している。
とある『青い惑星』の古い物語から引用して、自称している名称だ。美しい海が星の大半を占め、大きな大陸や島々があり、広大な自然の中には八百万の生命がその尊い命を育んでいる。私の立場上共感しか出来ない理由のせいで魔法と科学が混在し、魔物や妖怪も存在し、警察組織以外にも騎士団があったり、困った事に貴族や平民といった身分制度が世界的に根強く残ってしまっている。城と隣接して高層ビルが建っていたりと建築物なんかも新旧ごった煮状態で、スマホを使いながら魔法陣を駆使して属性魔法を操ったりもしているという——……何でもありな世界だ。
そんな【ハコブネ】では現在九割程の『人間』達が文明を築き上げているが、残り一割は獣と人とを融合させた様な種族が占め、それらをヒトは『獣人』と呼ぶ。今の彼等はその大半が所謂支配者階級の者達で、その優れた身体能力と動物的な本能は支配者然としており、歴史の積み重ねの中で持ち上げられるべくして持ち上げられたといった感じだ。——今回見付かった『後継者』は、その『獣人』に属する者らしいの、だ、が……。
(……本当に、此処に居るというのか?)
都内の有名な高級住宅街の一角にある貴族のタウンハウスの敷地内の片隅に、ポツンと建っている平屋建ての建物に件の人物が居る、らしい。プレハブ小屋よりかはやや上等だが、貴族の令息が住むには相応しくはない。でも、補佐達から徐々に送られてくる『後継者』に関するデータをホログラム的に出現させて確認したけど、やはり此処で合っているみたいだ。
(玄関から入ろうか)
チャイムを押してどうこうする気は無いけど、私は強盗や泥棒ではないので玄関からお邪魔する。
古臭いデザインの引き戸を通過して室内に入ると、夜という時間帯のせいもあってか廊下は真っ暗だ。奥でヒトの気配はするものの、同じ敷地内にある本宅の中みたいに複数ではなく、此処はどうやら一人だけのようだ。対象者は間違いなく御貴族様だけど、この広さ的にも何もかも一人でこなしているのかもしれない。
(家電の類がかなり優秀だし、それらが揃っていれば、貴族令息様であろうが案外やれるものなんだろうな)
平屋だからか家の造りはよくあるマンションの中みたいな感じだ。設備は中古品の寄せ集めといったところで、どれも型落ちした古い物ばかりである。ギリギリまで経費を削って建てたのだろうな。
(……明滅しっぱなしの照明が放置されてるとこもあるや)
本体か、スイッチが壊れでもしているんだろうか。窓からは隙間風なんかも結構入ってくるものだから、これじゃちょっとしたホラーみたいだ。私が“私”じゃなかったら震えて立ち止まっていたかもしれない。だが今では私自身が“幽霊”みたいなものなので、構わずふわふわと廊下を先に進んで行くと、少しだけ明かりが漏れている部屋を見付けた。ヒトの気配もそこからする。
(お邪魔しますよー)
そそっと入ると、ガタイの良い背中が目に入った。どうやら机に向かって何かを見ているようだ。室内は八畳間程度とやや広めだが、両サイドの壁は本棚で埋め尽くされ、分厚い蔵書がびっしりと詰まっている。でもそこにすら入りきらない本が山みたいに床にも積まれていて、即座に親近感を抱いた。この部屋の場合は、私のように片付けが苦手というよりかは、単純に仕舞う場所が無いだけだろうけども。
「——誰だ!?」
男が急に振り返り、そう叫んだ。この声に驚いて私も振り返ったが、そこには誰もいない。じゃあ《男》は何に対して叫んだんだ?もしかして気配に敏感なタイプなのだろうか。噂に聞く『猫は幽霊が見えている』的な感じで。
「……え?——は?ど、ど……どうして、こんな場所に“マーモット”が?」
…………マ、“マーモット”?いやいや、私が通過してきた道中にそんな者はいなかった。なのに何故この男はそんな単語を口にしたのだ?と不思議に思いながらも、ゆっくりとじっと自身の手を見ると、私の“ソレ”が動物の小さなお手々に変化しているじゃないか。
(んんんっー!?)
慌てて男が今まで見ていたであろうものの方に視線をやると、どうやら男は動物動画を観て癒しのひと時を得ていたみたいだ。しかもその内容が運悪く『マーモット特集』だったらしい。そのせいで男の、私への認知が『マーモット』になってしまったみたいだ。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
(どうしてくれる!こんな“私”だが、私は元々ちゃんと“人間”だったというのに!)
永く《惑星》の《管理者》なんて《超越者》的な存在であった事で姿があやふやな塊みたいなものだったせいで、《男》の《認知》が強く影響してしまったみたいだ。こうなってはしばらくこの姿のままだろう。少なくとも、彼の認知が緩むまでは……多分。
「ほ、本当に叫ぶんだ!」
何故か男は、『なんで急に家の中にこんなレアな動物が?』と疑問を抱くよりも先に、喜びに悶えている。室内灯は消えていて、ほぼほぼ画面の明かり程度でしか状況を把握出来ない状態なのだが、それでも分かる程に男の顔色が悪いから相当《癒し》に飢えているんだろう。
(だが、よりにもよって“マーモット”って!)
『オッサンが入っているだろ』と言われる仕草とこの体型、そしてそれっぽい行動までする《マーモット》にされてしまった乙女の気持ちを考えてくれ!と文句の一つでも言いたくなったが、じわりじわりと男が両手を広げてこちらに近づいて来ている。
(ごめんなさい、“乙女”は盛り過ぎました!もう身も心も千年越えでミイラ寸前でした!許して下さいっ!)
半泣きになりながら距離を取ったけど、《狼》の《獣人》であるその男の手から逃げる事なんか不可能だった。