「ねぇ〜!なんでこんな格好しないとダメなの?早く帰りたい〜!! 」
「もう少しだからね〜。今日は特別な日だから」
「特別な日……?」
「そうだよ、今日は四人神様がご成人された日だから」
「……そんなの僕に関係ないもん、おうち帰ろ〜!」
「今帰ったらお祭り行けないよ?それでもいいの?」
「……それはぁ、うぅん……」
「お祭り、行きたいでしょ?」
「……うん」
「じゃあもう少しだけ我慢出来る?」
「…うん!」
「よし!それじゃあ行こうか」
着物を嫌がる子供とそれを宥める母親を見て、少し過去の自分を思い出してた。……その結果、集合時間まで時間が無いことをすっかり忘れて、走ることになるのであった。
(……走るしかないのか)
「それでは、只今より四人神様の成人式を行います」
司会の人がアナウンスをする。歓声が沸いて人々は拍手を送る。
「皆様本日はお集まり頂き誠にありがとうございます」
ちらっと隣を見て少し気まずそうな顔をする。
「なにしてんだあいつ」
そう言っているのは青色の髪に黒い目を持ち、太陽のマークが入った和服を着ている人だった。
「時間に遅れるの、私達は慣れてるけど今日ばっかりはね…」
もはや諦めの雰囲気を纏わせている人は美しい黒髪に光の加減で淡い桃色の目を持ち、雨のマークが入った和服を着ている人だった。
「まぁ、連絡が入ってよかったじゃん。危うく成人式の時に行方不明のアナウンス流れるところだったぞ」
連絡があったことに安堵している人はまたしても美しい黒髪に淡い緑色の目を持ち、火のマークが入った和服を着ている人だった。
「成人式にそれ嫌すぎるだろ…」
周りの人々が焦りを覚えているのに対しこの3人だけはのんびりと待っていた。
少し経ってこちらへ向かってくる人が見えた。
三つ編みの桃色の髪に黒い目を持ち、様々なマークが入った和服を着ている人だった。
「ごめんなさい!!遅れました!!」
「おーい、こっち〜」
仲間を見つけたのか少し安心した顔をして会場へと走った。
「あの…本当に遅れてごめんなさい!ちょっと道に迷って……」
「お前生まれも育ちもここなのになんで迷うんだよ…」
「いや私も知りたい…」
「まぁ無事に来てよかった」
「司会さん進めていいですよ」
互い互いに言いたいことを言い終えたのか静まり返る会場。司会の声がまた響く。
「それでは、本日の主役様をご紹介させていただきます」
皆の視線が、先程の4人に刺さる。
「自然の神の使い、桃香様」
呼ばれて、顔を上げる。三つ編みにした桃色の髪と黒い目を持つ少女。さっきとは、面構えが違う。
「太陽の神の使い、未門様」
呼ばれて、少し嫌そうに顔を上げる。青色の髪に黒い目を持つ少年。先程から隣の桃香ばかりを気にかけている。
「雨の神の使い、美愛様」
呼ばれて、意気揚々と顔を上げる。美しい黒髪に桃香よりは薄い桃色の目を持つ少女。桃香同様、面構えが違う。
「火の神の使い、沙樹様」
呼ばれて、ゆっくりを顔を上げる。美しい黒髪に淡い緑色の目を持つ少年。未門の方を見て軽く引いている。
「以上、4名の方々です!」
歓声が湧く。彼女達はこの大陸、「八大陸」の主であり「四人神」と呼ばれる人々である。
「本日は桃香様になにか一言頂ければと思っています。…巫女様、よろしいでしょうか?」
頷く代わりに前へ出る。今日は、特別な日だから。
「え〜皆さん、 本日はお越しいただきありがとうございます」
丁寧にお辞儀をする。練習していても人がいる時の緊張は思った以上だ。
「力の全盛期である今、私は仲間達を集めて本格的にサラナを討伐したいと考えています」
皆の息を飲む音と、小声が聞こえる。何を言われても変える気は無いし何も言わないと信じているけど、とても怖いな。
「そして、私は神の使いでも、ありますが同時に沙羅の末裔でもあります。”沙羅の巫女”の名前の由来はそこだと先代に教わりました。ですが、私はサラナなどに同情などしません。確実に、討伐します」
そう言ってお辞儀をして後ろへ下がる。四人神の仲間達は頷いてくれている。
「それでは、本日はこれにて解散とさせていただきます。お気をつけてお帰りください」
アナウンスが流れ、会場に活気が戻る。
「それじゃ、終わったみたいだし帰るか〜」
堅苦しいのは非常に苦手だなと改めて思った、そんな1日だったな。
「じゃ、私と沙樹は修行の予定があるから別の所行くね」
「えっ…?」
沙樹の抵抗虚しく、美愛に引っぱられて行ってしまった…。……ドンマイ、沙樹。
「……私達は先に帰る?」
「……そうしよっか」
そうして、未門と先に帰ることにした。
「ようやく……ようやく帰ってこれた……。巫女様……。……八つ当たりくらい…許してくれますよね……?」
「先に部屋に入ってて、お茶用意してくる〜」
そう言って家に入っていった桃香。…昔からは、とても考えられない。
俺、未門と桃香、沙樹、美愛には雁字搦めの因縁がある。…まぁ、今となっては少し笑い話的な感じになってきたけど。
…だからなのか、俺は桃香に対する悪意という物に特段敏感に反応する。
「さっさと出てきてくれない?後を付け回される趣味なんてないんだけど」
そう言うと、後ろから人が出てきた。黒い目に、肩よりも少し長い蒼色の髪を持ち雲のマークが入った和服を着ている女だった。
「流石、神の使いですね。甘く見ない方が良さそうだ」
そう言って、目の前に立つ。雰囲気的にこちらも油断しない方が良さそうだなと身構える。身構えたのを見て女は笑ってありえないと思っていたことを確定させた。
「展開術・雲の空」
展開術…ってことはこいつ神の使い!?と驚く暇もなく術が展開される。霧のようなものが視界を覆い相手がどこにいるのか分からなくなる。
失敗したとは言え、俺の「姉ちゃん」に手を出そうとしたことを許せるわけなかった。
「未門!!離れて!!」
突如、家の中にいるはずの桃香の声がする。そして、桃香の言うことならと判断して離れる。
「展開術・十幕の舞・飛!」
術が展開され、そこそこ大きい十字架が吹っ飛んでくる。それと同時に家から出てくる桃香。
「展開術を使い蒼色の髪を持つ神の使いなんて限られている。全く…」
その人と目を合わせて少しだけ気まずそうにしている桃香。……本当に誰?この人。
「なんでこんなことをしたの?蒼空」
「気づくの遅くないですか?巫女様。と言うより私未門様に嫌われているのですか?そもそも巫女様が忙しいからといって大陸から突き落とすのは少しやりすぎじゃないですか……?」
「そ……その件はごめんね……」
……あれ?なんか俺だけ思い出せない…?……あれ?もしかして。
「もしかしてあの時突き落とされた神の使い?」
「あ、はい。そうです。と言うより忘れられていたのですね…」
しょぼんとする蒼空。そういえばめっちゃ忘れてたけど神の使いにこんな人居たな…。
「改めまして、雲の神の使いの蒼空です。今後ともどうぞよろしくお願いします」
「さて…予想外の人が来たけどそれは一旦置いておいて今後どうする?」
部屋の中に戻ってきてお茶を飲みながら今後について話すことにした。未門は疲れたのかお茶菓子を探している。多分そっちと逆の棚にあるぞ…。
「え?神の使い集めるんでしょ?誰から行く?」
お茶菓子を探している人間とは思えないほどのまともな答えが返ってきた。
ん〜、誰から行こうかと悩んでいる時、ある仲間が浮かんでそのまま名前を出した。
「風魔の所に行くのはどう?」
「ん、別にいいよ。明日行く?」
「そうするか〜」
さて、翌日となり今日は風魔のところに行く日である。そして現在時刻、予定時間ギリギリである。そして更に、今目の前で寝ているのは我らの巫女様であり本日の主役である。
「桃香〜?朝ですよ〜?起きろ〜」
…反応がない。屍かお前は。いや死んでないのは分かっているんだけど…。
「桃香!起きろ!」
「ん……?」
ようやく起きたようで虚ろな目でこちらを見つめてくる。こいつまだ起きてないな…?
「みと…?」
「はいそうです未門ですよ。今日は何をするって言いました?」
「ふうまのところ…いく…」
ちらっと外に目をやって虚ろな目が段々あれ?という疑問を抱えた目になってくる。あ、こいつ起きたな。
「あれ…?時間…」
「時間ギリギリです早くして〜」
「やばいやばい!!起こしてくれてありがと!」
……起きると早いんだよなぁ。起きるまでが少し長いけど…。
「よし!準備終わった!!」
いやそれにしても早いな!?
「…え?忘れ物とかない?」
「大丈夫!それじゃあ風魔の所向かいますか!」
「 急げ急げ寝坊なんてもんじゃない!!」
「お前だよ寝坊したやつ!! 」
「ごめんなさぃぃぃぃぃぃ!!!」
そして、走り続けてようやく……。
「はぁ……はぁ……」
「ようやく……着いた……」
目の前に広がる広大な土地。穏やかな空気が広がり、そこが安全なことを痛感させられる。
そこの、1番高い所にある家。そこは特段異質な雰囲気を漂わせていた。
「もう……今日だけで3日分くらい歩いた…」
「普段どれだけ歩かないんだよ…」
そうやって未門と雑談をしながら正面玄関を突破しようとした矢先…。
「そこの人達、申し訳ないがここから先は風魔様の御屋敷だ。入るには許可が必要だ」
……なるほど。確かに今のままじゃ私達の方が悪い。同じ仲間という認識が強いが本当はとても偉い役職なのだ。
「あ〜、そこを何とか出来ない?」
「いや……それは……」
未門がなんとか交渉しようとしているが、流石に難しい所がある。
仕方ない、諦めるかと思って声をかけようとした時、懐かしい風の香りがした。
「なにをしているのですか?他の人の迷惑にならないように……」
そう言いながら、屋敷から人が出てきた。淡い黄緑色の髪に、似たような色の目を持ち風のマークが入った和服を着た美青年が、そこに居た。
「あれ、久しぶり。風魔」
そう。彼こそが、風の神の使いの風魔で今回の目的である。
「……巫女様?なんで…」
「なんでって……会いに来ちゃダメ?」
……なんだろう。らしくない。気のせいか?
「巫女様は…もう……亡くなってしまったと」
「……?なに、そのデマ」
……初めて聞いたぞ。本気のデマ過ぎる。
「未門様も、お久しぶりです」
「うん。久しぶり」
「それで……なにかご要件でしょうか?」
なにか…いつもと違う風魔だなと思いつつ役目はやらなきゃなとも思い話を始める。
「実はそろそろ本格的にサラナを討伐しようかなって思っていて。その為に仲間を集めているところ」
「……なるほど、つまり蒼空の所に向かえば大丈夫そうですか?」
相変わらず話が早くてとても助かる。
「うん。それでよろしく」
話も終わり、やることも終わった。あとやる事と言えば…。
「さて、用事終わったから帰るか」
「だね、そうしよう」
「……え?」
何故か風魔にありえないという顔で見られた。何故……?
「もし…宜しければ泊まっていきませんか?未門様が居るとはいえ夜は危険ですから…」
ふむ。どうやら風魔は私達が心配らしい。
だが、これでも私達は神の使いだ。そんな心配は……。
「それに、せっかくですから少しお話でもしませんか?」
「よしありがたく泊めさせてもらおうかな」
「決断はや過ぎない……?」
心配なら、必要無かった。でも、仲間のお願いは断る理由がない。それに、私も話すのは結構好きなので全く問題は無かった。むしろ、少し嬉しいくらいだ。
「無邪気な所は昔から変わりませんね。巫女様らしくて安心します」
そういって清々しい笑顔で笑う風魔。
「それ…私褒められてる?」
「えぇ、もちろん褒めてます」
なんて軽い雑談をしつつ歩いていると、風魔の足が止まった。
「…?どうしたの?風魔」
「……巫女様、1つ、お願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
風魔の、心の底からの願いのように聞こえた。とても、珍しくて思わず固まる。
「……珍しいね。私に叶えられることならなんでも言って」
「……実は、巫女様に修行に付き合っていただきたく……」
……え?なんだ、そんなこと?というのが最初の感想である。風魔がお願いを言うことなんて滅多にないからどんな願いでも叶えるつもりだったけど……本当にこれでいいのだろうか?
「別に全然大丈夫だけど…本当にそれでいいの? 」
「もちろんです。本当に、ありがとうございます。自分の、憂さ晴らしに付き合わせてしまって……」
凄いな。風魔ですら気に病むことがあるのか。まぁ、私達も神の使いなんて豪勢な名前を貰ってもたかが人間なのだ。そこを、私だけは履き違えてはならない。
修行という名の憂さ晴らしに付き合うことになってから自然と皆外に出た。尚、未門は尋常じゃ無いくらい眠そうである。ごめんね未門。もう少し待ってくれ。
外に出て、互いに向き合う形になる。夜の澄んだ空気が非常に心地がいい。
「それでは…」
「やるか!」
それを合図に、一瞬で空気がピリついたものとなる。互いに相手の術を待っている。
尚、未門は一応付いてきてくれているがもう限界そうである。なんでついてきたんだ、寝てなよと思いつつ未門から視線を風魔に戻した瞬間だった。
「展開術・風の束縛」
突然、術が展開され紐状になった風がこちらへ向かってくる。戦う、というより拘束用の術のはずなのだがどことなく殺気を秘めている。なるほど、憂さ晴らしと言うのは嘘では無さそうだ。
さて、どうやって避けようか。というか避けなくても気合と根性でどうにかなりそうだなとか考えていたらもう1つの展開術が展開された気配がした。
「展開術・太陽の熱光」
それは、紛れもなく先程うたた寝をしていた未門の術である。それは丁寧に、そして早く展開された。展開された直後、正確に風魔を狙う。仄かに、周りの温度が上がるのを感じる。
「しっかりして、桃香。このまま温度上げるよ?」
頷くよりも前に未門が術の温度を上げた。波の人間じゃ弱音をあげるレベルだが私達はそこまで柔くない。
未門は温度をあげる。風魔はそれを風で難なく別の方向に送っている。そして私は、気合いで耐えられると過信していた故に…。
ぶっ倒れた。
「巫女様!?」
「桃香っ!?」
2人ともこちらへ来る。術は解除されあとは温度が下がるのを待つだけだと回らない頭でぼんやりと理解する。
「展開術・風雪」
風魔の術が展開され、とても綺麗な雪が見える。思わず、味方のだと思っていてもあの世からのお迎えかと思ってしまうほど綺麗だ。この綺麗な雪は、風魔の努力から成るものだと私は知っていた。
風魔のこの術には回復効果があり確実に私の体を癒してくれた。
「はぁ…死ぬかと思った。ありがとう風魔」
風魔は私を殺さなくて安心しているのか、不安がまだ残っているのか浮かない顔をしていた。
「よし、部屋戻ろうか」
未門と2人で歩き出す。風魔は来ないのかなと思ってちらっと後ろを振り返ろうとした。
「あの!巫女様!」
…振り返るより前に、風魔から声をかけてくれた。
心の底に留めていたものを吐き出すような、苦しい顔をして。
「…どうしたの?風魔」
只事では無いなと思いしっかりと風魔の方を見て聞く。
「…実は、数ヶ月前にサラナと接触してしまっているのです」
「え?」
…サラナ。私達が討伐すべき敵。その人が、私の仲間に……?
「……詳しく聞かせてもらえる?」
「……はい」
……なるほど。風魔がずっと浮かない顔をしていたのはこれが理由なのか。
「数ヶ月前、意図せずサラナの侵入を許してしまい、洗脳の類の術をまんまと食らってしまいまして…。恐らく、サラナの城へ連れていかれたと思うのですが如何せん記憶が曖昧で……。ただ、覚えているのは洗脳がとかれた時、目の前にサラナと月詠がいた事しか覚えていなくて……」
「………月詠が、サラナ側に?」
月の神の使い、月詠。四人神を除けば神の使いの中で特段才能に恵まれた強さを持つ神の使い。場合によっては、美愛と沙樹では相手にならず未門でようやく勝負になるほどの強さがある。
そんなこちらの強い神の使いが…相手側に?
「今考えてもしょうがないよ、桃香。風魔が持ってきてくれた情報だけでも成果はある」
「…そうだね。風魔、話してくれてありがとう」
それにしても、やはり痛手だ。戦力はあるに越したことはない。
「ってことは、星奈もそっちに居るの?」
「数年前の失踪は2人揃ってでしたが、月詠の近くに星奈は見当たりませんでした」
星の神の使い、星奈。月詠同様、才能に恵まれた強さを持つ神の使い。私のことを、よく慕ってくれていた神の使いでもある。
そして、月詠と星奈は数年前私たちの前から姿を消した。理由も何も、分からないまま。
「…悪い桃香、ちょっと風魔と話をさせてくれない?」
「え?別にいいけど…私は?」
「ちょっと待ってて、すぐ終わるから。…風魔、こっち」
そう言って1人ポツンと置いていかれてしまった。
…なんだか、心做しか空が明るい。もう…朝か。
風魔の話を聞いてた時から、ずっと違和感だった。いつもの風魔なら、もう少し詳しく話す。
「……それで、なんであの話を桃香の前で?月詠が桃香のことをなんて思っているのか、忘れたなんて言わせねぇぞ風魔」
「…忘れられるなら、忘れたいですよ」
「…それは、俺もだけど……」
沈黙が流れる。心做しか空気が重い。だが、それでも言わなくてはならない。他の誰でもない、桃香に関係することだから。
「月詠は……昔桃香を必要ないって言って出ていったんだぞ?」
「……もちろん、知っています。ですが、言わない訳には……!」
「……まぁ、そうだよな」
風魔は、そういう真面目な人間だから。だからこそ、1人で苦しむ。だからこそ、俺達は信用をしている。
「……月詠、今頃何してんだろうな」
主の前に、跪く。こんなことしなくてもいいと言われるが、私がしたくてやっている。深い藍色の髪が横に流れる。
「サラナ様、沙羅の巫女が行動を開始しています。このまま放置しますか?」
顔を上げ、主の声を待つ。議題は、最近活発に行動している私達の……。主の敵、沙羅の巫女についてだ。
「大丈夫よ、こちらに被害は出てないでしょう?それに、舐めてかかるとこちらが痛い目に遭うに決まっているわ」
それは、確かに一理ある。だが、このまま放置するのは危険すぎるような気がする。
「…そうだ、”あの子”を呼んでもらえるかしら?」
「”あいつ”を使うのですか?」
「あら、あの子なら十分に動いてくれるわ。あの子の眷属達は国に返しましょうか」
「…本気ですか?サラナ様」
それはまるで、使い捨てとでも言いたいような命令だ。…ここで、あいつを使い潰すおつもりだろうか?
だが、これも私に命令された仕事だ。確実にこなす。
「承知しました。呼んできます」
「えぇ、よろしくね。月詠」
肩よりも長く深い藍色の髪に、微かに輝く薄い黄色の目を持ち月のマークが入った和服を着た少女は、振り返って頷いた。
サラナに月詠と呼ばれた少女、彼女こそが月の神の使いである月詠だった。
しばらく1人でぼんやりとしていると、未門の足音が聞こえていた。
「あ、戻ってきた。……風魔は?」
「先に向かうってよ」
「じゃあ私達も帰るか」
2人揃って夜通し起きていたので流石に眠い。帰ったからまず最初にやることは寝ることだなと思いつつ歩いていたら、人の脅えた声が聞こえた。
「た、助けてくれ!お前に答える筋合いはない…!」
「だから、そんなに怖がらなくても大丈夫だって、君はボクに沙羅の巫女の場所を言えばいいだけなの。分かった?」
「い…言わない…!!巫女様を裏切る行為は、絶対にしない…! 」
「ん〜そっか、ならさ、君でおびき寄せるっていうのはどう?」
そう言って人の首に手をかける少年。…いや少女?まぁどうでもいいが無害な人が見殺しにされるのを黙ってみる趣味などない。
「私がその沙羅の巫女だけど、君は誰?」
首から手を離してこちらを見る。どうやら興味を引くことには成功したらしい。
隣の未門の視線が痛い。…先に帰ってもらうか。
「未門、ここは私に任せて先に戻っていいよ」
「え…?何言って…」
「いいから。相手の目的は私だけだよ」
「………分かった」
先に家の方向に向かって歩く未門。よし、これで無茶をしても怒られる心配は無い。敵よりも味方の方が断然に恐ろしいのである。
「さて…それで君は本当に誰?」
「ボク?」
そう言って可愛らしく首を傾げる。綺麗な白髪に鮮やかに輝く赤色の瞳。白い服に貴族っぽい黒い羽織を羽織っている少年とも少女とも言い難い中性的な見た目をした人間…?いや人間とも言い難い。右耳にはピアスが空いている。よく見ると色素が薄く見える。だから女性的に見えるのか…?なんて考えが巡る。
「ボクは吸血鬼のクルト。どうぞよろしくね。君の名前は?」
「え…沙羅の巫女を探していたのに名前は聞いたこと無かったの?」
確かに人々からは巫女様と呼ばれることが多いが名前を知らないという人には初めて会った。それが私を探している人だと言うのだから尚更驚いた。
「私は桃香だけど…」
名前を言った瞬間、クルトの目が微かに動揺した。…何故?
「なるほど…君が…あの…」
「……………?」
「……まぁいいや、君、ボクを仲間にしてくれない?」
「はい?」
何を言っているんだこの子は。と言うよりも、吸血鬼…か。ある大陸にしか存在しないと先代から聞いていたがまさか生きている時に出会えるとは思わなかった。
「ちなみに、理由を聞いても?」
うん、そうだ。だってこいつ今自分から敵に寝返ると言ったんだ嘘に決まっている。
「いや〜、今回こんな任務を命令されて来たけどなんか使い捨て感が強いんだよね。ボクの眷属達も解放されてまるで用済みと言いたいような、そんな感じ。…だったらさ、敵に寝返って復讐に燃えるのも悪くないでしょ?」
なるほど、確かに一理ある。サラナ側の戦力が削れるのはとてもいい。だが、こいつ…。なんだか一筋縄では信用出来ない。
「そうだね…。君、強い?」
そうだ、変なことを考えるのは辞めよう。純粋な強さで考えよう。
「ん〜そうだね、月詠よりは強いんじゃない?多分だけど」
「……本当?月詠より?」
「うん、その気になればね。それに、人間という吸血鬼じゃ話にならないでしょ?」
…ふむ、月詠よりも強いとなると戦力としてこちらに欲しいしサラナ側の戦力も削りたい。……ここは信頼は後から付いてくると割り切って仲間として認めるか、それとも何かで試すべきか……。
「……まぁ、いいか。クルト…だっけ?これからよろしく」
「うん、よろしくね!裏切らないから、任せてちょうだい!」
そう言って私の前に跪いて手を取るクルト。なるほど、中々様になるなぁと思っていたら……。
チクッと痛みがして思わず下を見つめる。
そこには、私の手首から血を吸うクルトがいた。思わず、離れようとするが思ったよりも力が強くて離れられない。それにしても、血を吸われる感覚って不思議だ。……もしかしたら、貴重な経験なのでは?と思うとラッキーだなと思ってしまった。……疲れてんのかな。私。
私の手首から離れるといい笑顔でこちらを見つめるクルト。私の手首にはくっきりと2つの牙の後があった。牙で傷を付けて流れてくる血を飲んでいるのだろうか?……不思議な生態だ。
「ふふ、不思議だね君。この世界でボクに勝てる見込みのある奴らの方が少ないのに君もその中の1人みたいだ。いい血の味だった」
「いや……勝手に何してるの」
「ん?味見」
こいつぶっ飛ばしていいかな。……やっぱり簡単に仲間にする訳にもいかないか。少し、試してみようかな。
「……ねぇ、クルト。速さに自信はある?」
「え?まぁ……それなりには」
「奇遇だね、実は私も自信があるんだよね。だからさ、私の家まで勝負しよう。ついてこれたら仲間として歓迎するよ」
「へぇ……いいよ」
クスッと笑ってこちらを見つめるクルト。本気でやっても吸血鬼に勝てるとは思えないからここは思い切って限界ギリギリまで術を使ってみよう。
そう思って術を発動した。神の使いでは無く、巫女にしか使えない術を。
「巫女術・移動速度・上昇」
巫女術。それは巫女にしか使えない術で八大陸以外の場所では使えない術とされる。
私の使った移動速度上昇は、実は展開術でも人によっては使える。むしろ、そっちの方がデメリットが少ない。そして、私の使った巫女術のデメリットは最悪の場合死んでしまうということ。そんなデメリットを抱える術だからこそ、これを使った私に速さで勝てる人間はあまりいない。
「……なんだ、ついてこれるじゃん。流石吸血鬼だ」
家に着いて、後ろを振り返る。術の使用を辞めて後ろを見ると息切れをしているクルトがいた。
「桃香……君……本当に……人間……?」
「まぁ……一応?」
生物学上は人間のはずだ。多分。
「ボクでもギリギリって……流石神の使いだね。正直舐めてた」
「あれは言わばドーピングみたいなものだからね。あれを使っている時は人間じゃないかもね」
と言うよりも、よくその人間かどうか怪しい人間についてこれたな。
「まぁ……何はともあれ、今日からここがクルトの家ね」
長い階段を昇った所にある紅色の鳥居の奥にある家。それこそ、私の家である沙羅家である。
「ようこそ、沙羅家へ」
「ここが、桃香の家?」
そうだよ、と返す前に足音が聞こえてきた。どうやら2人っぽい?
「巫女様!ご無事ですか!?」
そう言ってこちらへ向かってくるのは風魔だった。隣のクルトを見て顔を顰めた。そんな顔しないであげて……。
「うん、大丈夫だよ。未門は?」
「居るよ」
2人分足音が聞こえたのに変だなぁ……と思っていたらいつの間にか背後にいた。敵だったら確実に殺されていた。
「巫女様にお怪我が無くて良かったです。…それで、お前は誰だ?」
風魔の過保護はいつもの事だとしても、クルトに対する態度がなんか変だ。未門もずっと黙っているし…。
「ボク?ボクは吸血鬼のクルト。訳あって桃香に協力することにしたからよろしくね〜」
風魔……そんな目で見ないであげて……。段々クルトが可哀想になってきた……。
さて、それはそれとして割り切るとしてクルトを引き入れた一番の理由を問い詰める。
「さて……クルト。私達側に来たからには……分かるよね?」
「え?」
私、未門、風魔でクルトを囲う。……身長私と同じくらいか。
「サラナが私を狙う理由は?何の因縁があるの?」
「へ?そんなこと?」
きょとんとした顔でこちらを見つめるクルト。この野郎可愛いな……。いや……うん……。何考えてんだ……。
「私達にとっては重要なの!何か知っているの?」
「知っているも何も、サラナが先代を恨んでいて先代が死んだから恨みの対象が桃香に移っただけだよ?」
……なるほど。ある程度予想はしていたが大体あっているらしい。
「なるほどね、ありがとう」
未門と風魔も予想通りだったのかずっと黙り込んでいる。
「よし、明日はまた八大陸のどこかに行こう。クルトも一緒に行く?」
「え?いいの?」
「もちろん」
「じゃあ……家は任せるよ、未門」
「……うん」
ん?なんか歯切れが悪い。なにかしただろうか?いつもサボりがちな書類関係の仕事は終わっている。こうして無事にここにいる。…もしかして買い忘れたものでもあったか?
「ど……どうしたの?未門……」
「手首……どうしたの?」
「あ、これ?」
そう言って右手の手首をガン見する未門と風魔。そんなに気になる……?
「あ、それボクがやった」
その瞬間、未門と風魔の目がクルトを殺しそうな雰囲気を纏った。
あ、これまずい。そう思いそそくさと家の中へ逃げた。
その後、外で未門と風魔の怒鳴り声とクルトの悲鳴が聞こえてきたのは、言うまでもない。
翌日、起きて準備を終えて外に出たらげっそりしたクルトとやってやったぜという顔をした未門と風魔に会った。
「あの……おはよ」
「あ、おはよ。今日はクルトと一緒にどこか行くんだよね?」
「う…うん……。そのつもりだけど……クルト動ける……?」
まじで……めちゃめちゃ可哀想になってきた。それでもクルトはただげっそりしているだけで疲れた雰囲気を思わせないのが凄いなと思う。というよりも……夜通しやってたの……?いや、そんな訳ないか……。
「それで……今日は雨嶺の所に向かうけど……クルト本当に大丈夫?」
大地の神の使い、雨嶺。神の使いの中では戦闘能力に特化していない神の使いだ。だが、周りのサポート術に特化している。サポートは神の使いにしか有効では無いが私達の中だと貴重な術を持っている人だと言ってもいい。まぁ…それが気合と根性で耐えるような術じゃなければ使い勝手が良かっただろうなぁ…と勝手に思っている。
「雨嶺……?誰……それ……」
「大地の神の使いだよ」
「分かった……行くからちょっと待って…」
ぐだーとしているクルト。未門と風魔は未だにクルトを睨んでいる。そんなに怒ることだった……?
「あ、そうだ。雑談ついでにひとつ聞いてくれない?」
「なに?」
クルトは少し目を伏せつつどこか過去を見ているような目で話し始めた。
「白刀・白雪と黒刀・蓬莱って刀を知っている?」
「……なに、それ?」
初めて聞いた。それにしても綺麗な名前だな。
「……やっぱり、知らないんだ。この世界を創った奴が先代巫女に託した刀なんだけどその様子だとやっぱり黙っていたんだ」
「……先代が使うなら、なんで2つあるの?」
言われてみれば、確かに。先代に結婚相手のようなものは1人もおらず、私達は捨て子だったと聞いている。
「あ、いや先代が使うんじゃないよ。白刀・白雪が桃香に、黒刀・蓬莱が未門に託された刀なんだよ」
「だったら、尚更おかしいでしょ。普通託した人が使えるものでしょ?」
「先代は使えなかったんだよ。蓬莱は今持っているけど白雪はどこにあるか分からなくて……」
そう言って黒い刀を出すクルト。……どこにしまっていたの?それ…。
「というか蓬莱持ってるならなんで黙ってたの。それ、俺に託された刀なんでしょ?」
「うん…。だけど、今の未門じゃ死んでしまうなって思ったから」
「……死ぬ?」
神の使いが、刀に負ける?そんなことあるのか……?
「そう。死ぬ。この2つの刀はね、創った人が創った人だからね…最低限の資格が必要になる。白雪は性質上与える力を持っているからその代価が必要。蓬莱は性質上奪う力があるからシンプルに体力必須」
「…2人とも今のままじゃダメってこと?」
「……それだけじゃない」
クルトの瞳の色が濃くなる。赤く、深い色になる。まるで、小さな秘密を話すようにクルトはぽつりと言った。
「この世界に、愛されないと」
……愛される?この、世界に?
「……まぁいいや。ただ、それをもしかしたら知らないかなって思って話しただけ。行こう?桃香」
「え?う、うん……」
さっきと、変わらないクルト。鮮やかな、赤色の瞳。不思議な、感覚だったな。
「じゃ、じゃあ留守番よろしくね。未門、風魔」
そう言って先に行ってしまったクルトに追いつく。
とりあえず、雨嶺の所に行こう。
目の前で、美しく深い藍色の髪が靡く。本来なら、こんな殺伐としている雰囲気を纏わせることなどないだろうなと思うとなんだか悲しくなってくる。
「ねぇ、本当にこれでいいの?月詠」
僕達の仲間、月詠。本来なら、誰よりも巫女様を信頼していたはずだ。
「いいんだよ、あいつはサラナ様に迷惑をかけたの。痛い目に遭ってもらわないと私の気が済まない」
「そこに、巫女様も居るのに?」
月詠は、確かに動揺を見せた。目が、少し逸らされた。昔の癖は変わっていない。
「雨嶺」
そう、呼ばれて月詠を見る。瞳の色が、濃くなる。
「私に、今更そんなことが通用すると思っているの?」
「うん、通用すると思っているよ?」
なぜなら、君は巫女様を信じていたから。
「……なに?今更引き返せって言うの?」
「今なら引き返せるって言ってるよ」
「知らない。まだ、何も出来ていない。まだ、まだ”帰れない”」
苦しそうな顔で、俯いて答える月詠。それが、君なりのケジメだって知ってるよ。
「月詠が思うタイミングでいいと思ってはいるよ。とりあえず、一旦君達に加担する。そういう約束だからね」
「……うん、じゃあよろしくね」
「任せておいて。今日は来てくれてありがとう。月詠」
心の底からの感謝だった。なのに、くすっと笑われてしまった。
「”敵”に贈る言葉、間違ってるぞ」
「そうだね……。”敵”に贈る言葉なら、間違っていたかもね」
そう言うと、またしても笑ってどこかへ行ってしまう月詠。あっちの方向は、サラナの城がある場所だ。
……僕も、やらなきゃいけないことがある。それが、仲間との約束だから。
雨嶺の大陸は、実はそんなに遠くない。あっという間に着いて辺りを見渡す。
「あれ……?ここら辺だったと思うんだけど」
キョロキョロと辺りを見渡す。ちなみにクルトは後ろでぐったりしている。
「……もしかして、桃香ってさ……」
クルトが物申したいという顔をして何かを話していたが、それを遮った声が聞こえた。
「巫女……様……?」
声のした方に振り向く。
そこには、栗色の髪に似たような色の目を持ち、石のマークが入った和服を着ている人が立っていた。
彼こそが、私達の探していた大地の神の使い、雨嶺である。
「雨嶺!久しぶり〜」
そう言っても、少し俯いて動揺したような目をしているだけだった。
しかし、顔を上げるとそこには覚悟をした顔をしている雨嶺が居た。
「……巫女様、お覚悟を」
……?なんだ、この違和感。セリフを読んでいるような…そんな感覚。
「桃香、雨嶺から離れて。ここはボクがやる」
そう言って私を後ろに下げて目の前に立つクルト。……素手で戦うの?
対する雨嶺は殺る気しかない。
「ちょ?なにしてるの?雨嶺」
聞いても答えないだろうなと思いつつ一応聞く。術は使わなくても大丈夫そうだなと思ってはいるけど…どうなるか、分からない。
「僕はただ……。……。ごめんね、巫女様」
……なんだ、この感じ。演じているような気がする。
ぐるぐる、思考が巡って1つの仮説を出した瞬間、甘い香りが充満した。
「やれ、金木犀」
クルトの冷たい声が響く。雨嶺の腕には切り傷がありそこから小さな赤い花が咲いていた。あれは……彼岸花?
クルトの方を見ると手には黄色の刀があった。どこから出したの…?それ…。
「ってか…何やってるの!クルト!」
「大丈夫だよ死んでないし」
「いやそういう問題じゃ…っていうか、その刀なに?」
「ん?……あぁ、これ?」
そう言って刀を見せてくるクルト。……この甘い香り、金木犀の香り?
「ボクが自分の国から持ってきた刀。名前は”金木犀”」
凄く似合っている名前だな…と思いつつ見ていたら後ろから呻き声が聞こえていた。
「あ、起きた?雨嶺」
「な…なんとか生きてます…」
よろけながら起き上がる雨嶺。結構満身創痍だな…。
「それで、説明してもらいましょうか。なんで敵側に付いているような言動をしたの?」
そう、違和感の正体。それは、あたかも演技をしているような感覚そのものだった。
「……すいませんでした。全て、お話します」
そういいつつチラッとクルトの方を見る雨嶺。……そういや、クルトのこと知らないのか。
「あ、この子はクルト。訳あって私達と一緒に行動している。味方だよ」
「あ、そうなのですね…。改めまして、雨嶺です。よろしくね」
「あ、うん。よろしくね」
お互いぎこちなさが残る。そりゃ、さっきまで殺伐と「今から殺し合いしますけど?」って雰囲気だったもんな…。
「それで…なんで演技なんてしていたの?」
「……実は、月詠とある取引をしたんです。月詠の頼みを1つ聞くから話がしたいと。その時に、こちら側にもう一度帰ってきてくれないかなと…。案の定、上手くいかなかったのですが。そして、代価として求められたのが巫女様を騙すことでした」
「……私を、騙す?わざわざ、雨嶺が?」
「…やはり、そういう反応になりますよね」
神の使いの中で、一番何かを演じたり騙すという類が苦手なのは雨嶺だったりする。まぁ、そのくらい私達を信じているということになる。
だが、月詠はそれでも雨嶺に頼んだって事は…。
「つまり、月詠は……」
「……何してるの?雨嶺」
思わず、止まる。ここには、居ないと思っていた人の声が、聞こえた。
「月詠……?」
「巫女、サラナ様がお呼びだ。来ないと言うならお前の太陽を殺す。そして……」
月詠はクルトで視線を止めた。そして、少し不愉快そうに目を細めた。
「クルト、お前も来てもらう。サラナ様にとって不利益なことばかりして……。眷属に何もされたくないなら黙ってついてこい」
「……それ、本気?ボクの眷属がサラナ如きに遅れを取るわけないでしょ?」
クルトは、ただ笑っていた。ただ、怒りはたしかにあったはずだ。
それより、太陽……?……もしかして、未門?
「……いいよ、着いていく」
「それでいい、着いてこい」
雨嶺には残ってもらって私とクルトだけで行く。
終始、無言だった。
着いてから、客室のような所に閉じ込められた。
「ここで待っていろ」
そのまま、出ていってしまう月詠。クルトは何かを確認したのかさっきまでの不快という雰囲気が無くなっていた。
「あらあら、神の使いと名高き方が1人でここに?そんなにお仲間が大事かしら?」
「……サラナ」
黒い髪に、黒い目、そして黒い和服を着た人間。何処と無く、先代に雰囲気が似ている。彼女こそ、私達の討伐対象であるサラナだ。
「あら、仲間が捕らえられているのに反応はそれだけ?薄情ね」
……何やら、言っているが全く耳に入らない。未門なら、大丈夫。それだけの実力がある。信じている。
「……展開術・木霊の囁き・撃!」
小さな風の刃達が私達を縛っていた縄を斬る。
「……ふーん」
つまらなさそうにサラナが見ている。関係ない。そのまま、攻撃に転じる。
「展開術・薔薇の喰霊!」
辺り一面に、薔薇が咲く。そのまま、月詠とクルトを巻き込まないように毒を付与してやろうとした瞬間、聞き馴染みのある声が聞こえた。
「展開術・反撃の皨」
サラナの前に星の形をしたカウンターが張られる。思わず術を解除する。この、カウンターは厄介すぎる。神の使いの中でも上位に匹敵する広範囲カウンターだ。
そして、それを使える人を私はよく知っている。
「月詠に言われて帰ってきて正解でした。ご無事で何よりです。サラナ様」
「……あんなので死ぬわけないじゃない」
「分かってはいます。ですが、貴女様が傷が出来るのを見過ごすのは”側近”としての失態です」
「自分に厳しすぎよ、もう少し楽にしなさいな」
ただ、目の前の景色が信じられなかった。…いや、信じたくなかった。だって、目の前にいるのは私の仲間だ。
「……星奈?なんで…ここに…」
深く長い藍色の髪をひとつに纏めており黒の中に淡く光る星を閉じ込めた目を持ち、星のマークが入った和服を着ているこの女性、彼女こそが星の神の使い、星奈である。
「……それは、貴女には関係ないでしょう?」
星奈の冷たい視線が、私を突き刺す。星奈は、こんな目をする子じゃ無かったのに。
「こらこら、やめなさい星奈」
「……失礼しました」
「月詠にはクルトの眷属の件を任せたからここは私達だけでやるわよ」
「……はい」
そう言うと、サラナはクルトの目の前で視線を止めた。
「……やってくれんじゃん?サラナ」
「あら?私は優しくしたわよ?それに、私は貴方をまだ手離したくないの」
そう言うと、謎の術でクルトとサラナが消えた。目の前で、唐突に。
「貴女の相手は私です。巫女様」
「……星奈」
冷たい、本当に、冷たい視線。でも、声色は冷たくなくて、不思議な感覚だった。
「……ねぇ、星奈。少し、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「…………答えられることなら」
「あの日、月詠と一緒に失踪した時何があったの?」
「……あの日、何があったのか話せと?教える訳ないでしょう?私の主は巫女様ではなく、サラナ様です」
知る権利くらい、あると思った自分を殴りたい。そうだね。星奈には、星奈の考えがあるよね。だからこそ、私は今から最低なことをする。きっと、謝っても許されない。
「……ごめんね、星奈」
星奈が一瞬きょとんとする。その瞬間を狙って、近づいて、術を使う。
「展開術・感情の鉛」
これは、神の使いの技の中でも、きっと1番最低だ。何故なら、これはただの洗脳だから。相手の思考の中身を見る、そんな洗脳の術だ。
「なに……これ……あたまが……ぼんやり……」
ごめんね、ごめんね。何度も謝って、術の威力を高くする。
「……いや」
それは、とてもとても小さく細い声だった。でも、確かに強い否定だった。
…なに、してんだろ。こんなの、違う。
術を止めた。目の前で星奈が息を吸う。
「…ごめん、星奈」
こんなの、仲間にする行為として間違っている。
「…なに、止めてるんですが。私は!今貴方の敵ですよ!?なんで、そんな裏切った人間に情けをかけるんですか!?」
「…私に、仲間を苦しめる趣味なんてないよ。本当に、どうかしてた」
俯いて、ぽつぽつと喋る。まるで、昔みたい。存在したはずの、苦くて毒を含んだ記憶達。
「……”仲間”?巫女様から見たら敵ですよ」
「今でも、私にとっては仲間だよ」
「私はっ…!!」
声を荒らげて私の方を見つめてくる星奈。座り込んだまま、揺らいでいる目でこちらを見ている。きっと、まだ術が抜け切れてない。
「……わたしは、ゆるされますか?」
心の底からの声だった。絞り出したような、ずっと渦巻いていた悩みを吐き出したような声が聞こえた。
「私が許すよ」
他の誰でもない、私が。
「もう一度…私は…神の使いと…名乗っても…いいですか?」
こちらを見つめて、助けを求める子供のような震えた声で言われた。
「もちろん。貴女は星の神の使い、星奈だよ」
しゃがんで、星奈と目線を合わせてそう言う。苦しんで苦しんだ挙句の果てに、一瞬でも救われた顔をされた。
「巫女様…ごめんなさい…」
「こっちこそ、ごめん。大丈夫?立てそう?」
「はい、大丈夫です」
決意を決めた顔で立ち上がる。この少しの時間で覚悟を決める判断力は流石としか言い様がない。昔から私に冠する事は風魔の次くらいに判断力が高い。…言い換えれば、取捨選択が異常なまでに早いとも言える。
「さて、これからどうしようかな…」
「…未門様の所に行くのはどうでしょう?場所を知っていますし案内は出来ます」
「じゃあそうしようか」
薄暗い廊下に、部屋が何個もある所に来た。薄暗いせいでなにかの収容所に見えるけど多分明るかったらホテルの様に見える…のかな。雰囲気はそんな感じがする。にしても、電気がついていないせいで妙に見ずらい。頑張って見ようとして目を細めてきょろきょろしていたら星奈にクスって笑われた。…そんな目で私を見ないでくれ。
「巫女様も慣れてくれば見えるようになりますよ」
そうかな…なんて思いつつ歩いていたらいつの間にか部屋に着いていたらしい。
「ここです。巫女様」
一応警戒しつつ、静かに扉を開けた。
「おいここから……って、桃香?」
そこには、何故か私達でも斬ることが出来ないであろう縄で縛られた未門が……。
「……なんで寝てるの」
「いや……これには訳が……」
「まぁ…元気そうでよかった」
そこにはなんとか脱出しようとした挙句の果て横になって動けなくなっている未門がいた。
試行錯誤しながら縄を解きつつ星奈がここに居る説明も済ませる。
「それで、今後なんだけど皆バラけてクルトを探して欲しい。あまりにも見つからなかったら私に連絡して、帰るから」
「……諦めるの?」
「いや、一旦帰るだけ。もしかしたら先に帰っているかもだし」
「……了解、じゃあ探すか」
そして、みんな一気にバラける。…無事だといいけど。
取り戻さなくては。もう、それしか思考にない。巫女様の信頼はあっても、私自身がとてもじゃないけど許せない。1度でも、たった一度でも巫女様を裏切った。それが、もう、許せない。
だから、その”クルト”という名前の吸血鬼を探すことをとにかく必死にしている。外見は教えて貰えた。…私の知らない内に仲間が増えていたらしい。風魔が何も言っていない時点でまぁ信頼はともかく強いのだろうなと概ね予想がつく。
そんなことを考えつつサラナの城の裏まで来た。…ここにも居ないとなると、帰った可能性が高いなと思いつつ探していたら遠くに同じような髪色をした、私のよく知る人がいた。
「…月詠」
「……何をしているの、星奈。私と、一緒に居てくれるんじゃ無かったの?」
「……ごめんね。その約束、守れない」
月詠の目が見開く。…私が、唯一の仲間だと思っていた子だ。だからこその、提案。
「……ねぇ、月詠。巫女様は私達を忘れてなかったよ。私達を、迎えに来てくれたよ」
「違う…。違う…!だって…!……星奈まで、雨嶺みたいなこと言わないで。私はサラナ様に仕える為なら、私情すら殺す人間だよ?」
…分かっている。あの時の、巫女様といる時とはまるで違うぎこちない笑顔だ。心の底から笑えていない。息が、上手くできていないような、そんな感じ。
「…知ってるよ。でも、帰ろうよ、月詠」
苦しそうな、顔。なんで、こんな顔させているんだろ。私に術を使っていた時も巫女様はこんな感覚だったのかな。仲間に対する態度じゃないような気がする。私も、月詠も。
「……私達が居なくなったら”あの子達”がどうなるのか、分かっているでしょ?星奈」
…それは、確かにそうだ。”あの子達”は私が育てたと言っても過言では無い。今考えれば、なんて盲目的な事をしていたんだろう。
「”あの子達”の責任は…私がとらないと…」
「……月詠?」
月詠の目が輝いて、急に私を引っ張ろうとする。
「月詠!?ちょ…」
その瞬間、第三者の手が私と月詠を引き剥がした。
「はい、そこまで。星奈は渡さないよ」
「沙羅の巫女…」
そのまま、私を連れて別の場所に向かう巫女様。終始、月詠の方を見て悲しい表情をしていた。
ゆっくりと歩く音が聞こえる。よく知る、主の足音だ。跪いて、頭を垂れる。
「申し訳ありません。サラナ様」
「顔を上げなさい、月詠。まだやれることは残っているわ」
「……はい」
「それにしても、クルトにも逃げられたし星奈にも逃げられた。……私は、貴女に期待しているわよ、月詠」
「……仰せのままに」
コメント
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改めて読むと桃香さん達と神の使いの再会が凄いな、って思った💭 会話や軽い戦闘をすることで仲間を元に戻そうとしてて桃香さんには人を説得させる力があるんだね……!! いろんな作品を読んでいろんなことが分かったからこそ、前読んだ時に比べてクルトさんの言動が「あの作品のここに繋がるのか……!!」ってなったりして更に面白く感じる✨✨ 『巫女様の世界』(下)読んできます……っ!!