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「ダリルよ。呪いの解呪はこの精霊界の女王たるエルフィアが請け負うと約束しよう。この封印を成し遂げたチカラはお主の魂を砕いたものよの」
俺に語りかける声は幼くも熟れた芯のある強さがある。
「もともと星のように細かくなっていたそれを繋げずにこうして散りばめてしまうのは、お主からその感情や心ごと引き出してそうすることになってしまった。私たちはそういう存在であるからの。予めそう伝えていたとはいえそれでもこの心を痛めているよの」
言葉は確かに届き、こぼれていく。俺の中にあるはずの何かとともに。
「そして封印に散りばめたそれらをお主は自身の力で取り戻す他ない。知っていても記憶していてももしかしたらそれは難しい事かも知れぬよの。何せそうしようという心すら砕いているよの」
細かく、丹念に。
「この先、解呪が進んで封印を段階ごとに解いていくとき、そのカケラを集めたものを持たせてこやつらを向かわせよう。そのきっかけにはお主の存在の根拠である、希いを持つ者を充てがうことになるだろう。心の欠損もその時に収集できよう」
欠けている……なにが。
「もはや私のこの言葉もどこまで伝わっているか、留めてくれているかわからないが……それでも己の幸せなどもかなぐり捨てて叶えようとするこの願いが成就することを、皆祈っている……」
俺はその言葉を聞いていたがそれが何なのか整理することが出来なかった。エミールは封印に取り込まれ消えてしまい、俺もまた、視界を真っ白に染めて消えていく。
こうして世界から切り離された王国は再編された。偽りの歴史をもったスウォードという街へと。
ここに生きる人たちは、この街の不自然さには気づかない。かつての王国人の末裔たち、かつて奴隷だった者たち、皆が平等で助け合い生きるこの街が外界とは極めて流れの遅い時間の中にある事を気づかない。外国なんてものの存在もない。巡り来る季節が新しいものだと信じて疑わない。
永い永い時間をかけて行われる解呪のその時代を、繰り返される時間の中を、誰も歳を取らなくても気づかない。奇跡的に外から来たものもいずれはこの街のルールに染まる。
封印され、閉ざされ、切り離された街は、ここだけで、完結している。
封印の要としてその中央に縫い付けられたエミールがいた所にひとつの工房が建てられている。この街は実のところここを中心に築かれている。
キスミはその名をダリルとしてのみここに暮らし、彼が魔術で作り出して働く鍛治職人たちは決して人前に顔を見せることはない影の塊。
街の人はやはりそんなことに気づかない。
ダリルはここで時が来るのをただただ待つばかり。心のほとんどを失って愛想のないダリルは、人魚にも農夫にもマイにも顔を見せることはない。
もはやここでどれだけの時を過ごしたのかダリルは分からないし興味はない。解呪で溜め込んだものを昇華させるために喚ばれて、変な草原に迷い込んで植物の化け物を殴り飛ばしてもそれが何なのか分からない。
何かを忘れている、ということも、山に大事な娘がいることも、助けたいホビットのことも、頭にあってもそれが何なのかと考えたりはしない。ダリルひとりではこの街を維持するだけの存在でしかなくなった。
カランカランと鐘の音がした。
ダリルはその音にハッとする。この店のカウンターで座っているのは、この時のために自分がここにいるのだと知らされる音。甦るなにか。
店に来たボロボロの剣士と、剣士からはまだ死角になって見えないところにピンクの毛色の狐獣人がいて「やっと会えたね」と口の動きだけでそう伝えてきた。