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白波 灯
196
#王子
すっこ
376
真帆と莉央が同じ日に病院へ来たのは、偶然ではなかった。
莉央が真帆の健診日を知り、自分の予約を変更したのだ。
待合室で声を掛けたところを看護師が止め、二人はすぐ家族面談室へ移された。私は担当医ではないが、私的関係を把握している職員として呼ばれた。
扉を閉めてから、莉央が真帆へスマートフォンを突き出す。
「これ、あなたにも来たでしょう」
『千紘とは夫婦として終わっている』
『子どもができたら必ず責任を取る』
画面を見て、腹部へ手を置いた。
「遼介さんが、あなたを落ち着かせるために真似しただけよ」
「私には、真帆さんとは別れるって言ったよ」
「この子が生まれれば分かる」
「私だって妊娠してる」
「まだ心拍を確認したばかりでしょう。私はもうすぐ産むの」
「やめなさい」
私が二人の間へ入る。
「ここは、遼介に選ばれる順番を競う場所じゃない」
「お姉ちゃんは妻だから余裕があるんでしょう」
「余裕なんてない。私は離婚する」
「じゃあ、その後は私よ」
即座に返した莉央を見て、真帆の顔が歪んだ。
「先に妊娠したのは私」
「既婚者なのに?」
「あなたは姉の夫へ手を出したでしょう」
二人は相手の方が悪いと言い合う。
そうしている間だけ、二人を同時に騙した遼介の責任が遠くなる。
どうして女同士で勝敗を決めようとするの。選ぶと言って嘘を重ねた男は、すぐそばにいるのに。
「二人とも、自分がしたことは別に向き合って。相手よりましだと言っても、遼介の言葉が本当にはならない」
扉が開いた。
沙耶が、書類を持って立っていた。本来は別の職員が運ぶ予定だったが、二人がいると知って自分から来たらしい。
その姿を見て、真帆の顔が強張った。
「この人も、遼介さんと?」
沙耶は書類を机へ置いた。
「あなたたちより前からです。千紘先生と結婚する前から」
「それでも妻にはなれなかったんでしょう」
莉央の一言で、沙耶の表情が消えた。
「あなたに何が分かるの」
「お義兄さんは、あなたの子を産ませなかった。でも私の子は産んでいいと言ってる」
「言ってないでしょう。認知を考えるとしか」
私が訂正すると、莉央が睨む。
「お姉ちゃんは黙ってて」
「事実を変えないで」
沙耶の指が白くなるほど書類の端を掴んだ。
「妊娠すれば勝てると思っているんですね」
「少なくとも、七年待つだけよりは」
「莉央!」
母がいれば止めたであろう言葉を、妹は躊躇なく使った。
沙耶が一歩近づいた。
「私の子は、心拍があった。あなたの子と同じように」
「桐生さん。退室してください」
「なぜ私だけ?」
「勤務中の医療者だからです。私的な感情がある状態で患者二人のいる部屋に残るべきではない」
「先生も当事者でしょう」
「診療には関わっていない。今は患者間のトラブルを止めるために呼ばれています」
沙耶の視線が私へ刺さる。
「いつも先生が決める。誰が診て、誰が母親になっていいか」
「私は、誰が母親になっていいか決めていない」
「私だけは、なれなかった」
「その怒りを患者へ向けないで」
そこへ、遼介が駆け込んできた。
「何をしてるんだ」
最初に近づいたのは莉央だった。
「お義兄さん、誰を選ぶの?」
「今はそんな話をするな」
「私と赤ちゃんを守るって言った」
「真帆さんにも言ったんでしょう」
真帆が立ち上がった。
「この子が生まれたら、千紘と離婚する約束だった」
「約束じゃない。君を落ち着かせるためだ」
「私には、次は産ませるって」
沙耶が古い超音波写真を掲げた。
遼介は三人を見回し、低い声で言う。
「全員へ責任は取る。認知や養育費は個別に話す。ただ、千紘とは離婚しない」
「私は離婚する」
「千紘は今、感情的になっている」
「私の意思を勝手に消さないで」
遼介がこちらへ向き直る。
「誰の子が生まれても、家庭の基盤は必要なんだ。君が妻でいれば、全てを整理できる」
真帆が息を呑む。
「基盤?」
莉央の呟きだけが落ちた。
ゆっくり目を閉じたのは、沙耶だけ。
「私を愛しているからではなく?」
私が尋ねても、答えはない。
面談室の外では、看護師長と医療安全管理部の職員が待っていた。
「本日の経緯は、患者間の私的接触と職員の利益相反として記録します」
真帆と莉央には、今後互いの予約日を探ったり、院内で接触したりしないよう説明された。沙耶は二人の担当から外れ、勤務配置も見直される。
遼介が不満そうに言う。
「家族同士の話を、病院の記録へ残す必要があるのか」
「待合室で患者同士の争いが起き、職員が私的関係を持つ患者へ接触しました。医療安全上の記録です」
看護師長は譲らなかった。
遼介は、全員が黙れば家庭内で処理できると思っていた。
だが、彼が関係を持った相手を同じ病院へ重ねた時点で、周囲の職員と患者まで巻き込んでいる。
遼介が私へ求めていたのは、一緒に生きる妻ではなかった。
どれだけ外で問題を起こしても、最後には帰れる家。女たちと子どもと病院をまとめるため、そこから動かない本宅。
そんな役目に、私の人生を使うつもりだったのだ。
コメント
1件
うわ、これは重たい回だったね……。病院の面談室に閉じ込められたような閉塞感がすごくて、読んでるこっちまで息が詰まりそうになった。特に「私の意思を勝手に♡♡♡」って千紘の台詞、すごく響いたよ。遼介は「家庭の基盤」とか言ってるけど、それって結局、自分の都合よく女性たちをコントロールしたいだけだよね。沙耶が「妊娠すれば勝てると思っている」って言い返したところも印象的。それぞれが持ってる痛みが丁寧に描かれていて、誰かを単純に悪者にできないもどかしさがあった。医療安全管理部が介入したラストも現実的で良かった。