翌朝、僕は住居を出ていつも通り漫喫に出かけた。当たり前だけど、そこにはもう建物はなかった。
警察やらなにやらが現場検証をしているかな、と予想していたのだが誰もいない。野次馬すら一人も見なかった。
類焼はなかったようでそこは安心したが、少し拍子抜けしたのも事実である。悪くすれば警察に捕まるか、尋問を受けるくらいは覚悟していたのだ。
僕は釘や尖った破片に気を付けながら、漫喫の焼け跡に入って行った。軍手を嵌めて瓦礫の撤去を始める。
ボランティア精神を発揮したわけではなく、あの防空壕のような地下室を探しているのだ。死体がどうなっているのか見てみたい。
単純にどうなっているのか知りたかった。
人間でないなら、死んだ後それなりの形になっている気がする。気がするだけだ。
道行く人々が、さりげなく僕をちら見していく。声をかけられないかヒヤヒヤしたがそれはなかった。
関係者だと思われたのかもしれない。関係者であることは間違いではない。
小一時間ほど探してみたが、死体は見つからなかった。確か今朝の時点で死亡者は発見されていない、とは報道されていたのだ。
だいたいが、あの地下へ通ずる落とし戸さえ見つからないのだ。全てが僕の幻覚だったのだろうか?
最後に大き目のガレキを引っぺがしてみた。焼けてない部分からアスベストらしきものが飛び散ったが気にしない。だいたいマスクもしていない。
落とし戸はない。他のゴミもどかしたが、冷たい焼け焦げたコンクリートの床が新たに姿を現しただけだった。
「あっ」
隅っこの小さな建材の下に、マンガ本が一冊転がっている。手塚治虫の『火の鳥』だ。
月刊マンガ少年別冊の版である。焦げ跡もなく濡れてもなく、不思議なほどまっさらで美しい。まるで真空保存されていたように新品そのものに見えた。
僕はそれを懐に入れて家に持って帰った。なんとなく、そうすべきだと思ったのである。
それからしばらくして、僕は紀見屋社長に呼び出され漫喫の店舗を一軒任されることになった。
店長のようなものだが、権限はもう少し大きいらしい。系列店があったことも、僕はこの時初めて知った。
僕は後々まで『何故そのようになったのか?』を考え続けたのだが、明確な答えは最後まで得られなかった。
仮説は幾つかあるのだが。
了