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離れに戻ると、皆の足取りはさすがに重かった。聞き込みに出た先々で、笑われたわけでも怒鳴られたわけでもない。ただ、同じところで皆が言葉を止めた。その揃い方が、かえって不気味だった。
海花は札絵の下描きを広げながら言う。
「本当に怖い話って、絵にしにくい」
「わかる」
義海がうなずく。
「化け物なら描けるけど、人が黙る顔は難しい」
芽生は湯のみを両手で包み、少し考えてから口を開いた。
「たぶん町は、つらかった出来事を、そのままの言葉で持っておくのが難しかったんだと思います」
「だから海賊船?」
蓮都が聞く。
「そう。怖い昔話にすれば、少し遠くに置けるから」
「言い換えて、やわらかくしたってことか」
啓介が言うと、芽生はうなずいた。
「子どもに渡す時、痛みの角を削ったのかもしれません」
昇万が腕を組む。
「人間、昔からそういうことはする。笑い話にしたり、変なあだ名をつけたり」
「でも、そのせいで本当のことが消える」
美恵が低く言った。
離れに少し沈黙が落ちる。
啓介は、そこでふと自分のことを思った。印刷所の失敗も、寺を残したい気持ちも、母のことも、全部はっきり言う代わりに、つい曖昧にしてきた。大きく言わなければ傷つかずに済むと思っていたのかもしれない。
芽生もまた、湯のみを見つめたまま動かない。人の話は整理できるのに、自分の本音だけは後ろへ回してしまう顔だった。
「じゃあ、本当の話、聞きに行こうよ」
声を上げたのは莉々夏だった。あまりにもあっけらかんとしていて、皆が同時にそちらを見る。
「笑ってくれる相手なら、笑える話から入ればいいし、黙る相手なら、お茶でも飲んで待てばいいじゃん」
「簡単に言うなあ」
啓介が苦笑する。
「簡単じゃないよ。でも、聞かなきゃ集まらないでしょ。かるたの札、町の口からもらうんだから」
享佑が珍しくすぐには反対しなかった。
「締切には間に合わせろ」
「それは反対じゃなくて、いつものやつ」
絋規が言う。
少しだけ空気が緩む。
莉々夏は立ち上がり、鞄を肩に掛けた。
「じゃ、私、甘味処の常連さんから順番にいく。年配の人、おしゃべりし始めると長いから」
「頼もしい」
芽生が笑う。
町が言い換えてきたなら、今度は言い換えの外側へ手を伸ばすしかない。
そう決めた瞬間、離れの中に、止まりかけていた流れがまた少し動き出した。
莉々夏は戸口で振り返り、赤いリボンを見た。
「本当の持ち主、絶対いるよ」
#海辺の町