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あの日、彼らは宴を催していた。なぜ、そのような事を行っているのか、その時のウォルには理解できなかった。
周囲では、数々の部族や国とも言い切れない小国が、競り合っていたのに。
皆、いつ敵に攻め込まれても良いように、陣を敷いていたのに。
それなのに、あの日に限って――。
あの国は、華やいでいたのだ。
ジオンには、その意味がわかっていた。攻め苦しんでいた部族との戦を見切り、あの国へ奇襲をかけた。
警備は手薄で、襲来を知らせる狼煙《のろし》も上がらず。
ようよう黒煙があがった時には、ジオン率いる騎馬団がなだれこんでいた。
浪々と流れる大河の水面を滑るように、冷えた突風が流れ込み、皮膚を刺した。
まだ、春先のことだった。花の蕾はまだまだ固い。しかし、水面には、花びらが舞い落ちて――。
――あの日は、あの国の始祖の生誕日、聖なる日とされ、国を挙げて祝っていたのだ。戦の影が迫っていようと、陣を張っていようと、尊ばしき日として、宴を催さなければならなかったのだ――。
ジオンは、それを知っていた。守りが手薄になるとわかっていたから、あの日を狙ってミヒの国を攻めた。
礼を尽くしている国へ、奇襲をかけた。踏み込んではならぬ一線を、土足で踏み越えたのだ。
生かしてはならぬ。それが、ジオンの命である。女であろうと、子供であろうと、剣を振るわなければならなかった。
そして、ウォルは見つけたのだった――。
従者に守られる、幼子を。
「お願いです!!どうか、ご自身の道を歩んでください!」
かすれた涙声が、ウォルを今に引き戻す。
自分が掴み掛かっている男は、はらはら涙を流し、彼方に向かって懇願していた。覚悟を決めたミヒに向かって――。
「もうあなたは、ミヒなのです!どうか、おやめください。あなたご自身の心のままに、お行きください!」
チホが言い切ると同時に、目にも鮮やかな裾《すそ》が揺れた。
ウォルは、息を飲む。
が、
先には、抱き合い、地面に崩れ混むミヒとジオンの姿――。
眼下では、ミヒが因果と決別するため、飲み込まれたであろう川が、静かに流れていた。