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「どうぞー、お入りください。扉は開いてます。というか、ノックの時点で入ってきてたよね?」


少女は笑った。

癖のあるポニーテールを揺らして、ひらひらしたスカートの裾を直すでもなく、そのまま椅子に座った。


「ねえ、先生――じゃないんだっけ。相談員? それともただの変人?」


「どれでも好きに呼んでくれていいよ。変人は否定しない。さて、今日の“お題”は?」


「んー……たとえばさ、ずっと笑ってたら、本当の気持ちって消えるのかなって思って」


「それは哲学か、詩か、あるいはただの逃避か。どれ?」


「どれだと思う?」


「逃避、だね。君は、笑うことで全部なかったことにしようとしてる。目がまったく笑ってない」


彼女はまた笑った。

喉の奥で引っかかるような、掠れた笑いだった。けれど、その目はまるで硝子玉のように、どこか遠くを映していた。


「バレたか。あーあ、やっぱりここに来たの間違いだったかも」


「間違いだったら、来ない。君は『正解だったかも』って思いたくて来た。違う?」


少女は何も言わず、ただ椅子の背もたれに身体を預けた。

脚を組んで、指先をくるくると回す。その仕草すら、どこか演技じみていた。


「でもさ。泣いたら、負けじゃん?」


「誰との勝負?」


「――さあ?」


ぽつりと落ちたその声だけが、本物だった。

蓮司は少しだけ笑った。からかうように、でもその瞳だけは真面目だった。


「君、ずいぶんと“うまくやってる”んだね。クラスでも人気者?」


「まあね。“あの子って明るいよね”って、みんな言ってくれる。私が誰かを笑い者にしても、みんな一緒に笑ってくれるし」


「遥を?」


少女の目が揺れた。けれど、それもすぐに笑顔で塗りつぶした。


「……あの子って、面白いじゃん。ね?」


「うん、そうだね。君にとっては、“いじる価値”があるんだ」


蓮司は、そう言って笑った。

でもその笑みは、刃物のように冷たかった。


「で、今日は何をしに来たの?」


「――壊れそうだから、かな。私じゃなくて。あの子が」


「壊れるよ。君が望まなくても、君が何気なく笑ったぶんだけ、確実に削られてる。君自身もね」


少女は、今度は笑わなかった。

静かに、静かに、机の縁に手を置いて、ぽつりと言った。


「じゃあ、どうすればいいの?」


「……謝ることかな」


「ごめん、って?」


「違う。“ごめんなさい”だよ。相手の顔を見て、“許されなくても”って思いながら言うやつ」


沈黙が落ちる。


少女の唇が、かすかに震えていた。

だけど結局、彼女はそのまま立ち上がった。


「ねえ。あんた、誰かに謝ったこと、ある?」


蓮司は目を細めた。


「あるよ。――いまだに、許されてないけどね」


少女は背を向けた。

そしてドアを開けながら、最後にまた、作ったような笑みを浮かべた。


「じゃあ、私もそれ、やってみようかな。“演技”じゃなくて、ね」


蓮司はその背中に、軽く手を振った。


「また、来てもいいよ。“ごめんなさい”が言えなかった時に」



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