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第5話 若手俳優の距離
配信
「こんばんは〜、“はごろもまごころ”だよ!」
画面に映るまひろは、今日は黄色のTシャツに赤いチェックの半ズボン。足元は大きめのスニーカーで、ぶかぶか気味に見える。前髪はつやつやのぱっつん、瞳は澄んだ丸い光を宿していた。ランドセルは机の横に置かれ、子どもらしい無垢さを漂わせている。
隣に座るミウは、淡いピンクのブラウスに薄茶のカーディガン、膝までのプリーツスカート。髪は緩やかにカールして肩で揺れ、耳元には小さな花型のイヤリング。笑顔を浮かべながら画面に向かって手を振っていた。
まひろが無邪気な声で言った。
「ねぇミウおねえちゃん、最近すごく人気の若手俳優さんいるよね」
コメント欄に「あの人でしょ」「推してる!」と名前が飛び交う。
「ファンがいっぱいで応援されてるのは素敵だなって思うんだけど……僕、ちょっと気になっちゃったんだ。舞台挨拶とかイベントで、お客さんに近づきすぎてないかなぁって」
疑惑の芽生え
ミウが頬に手を当て、ふんわり笑う。
「え〜♡ 近い距離ってうれしいけどぉ……でももし、“行きすぎてる”って感じる人がいたらちょっと怖いかもね」
「うん。僕はただ、みんなに“ほんとに安心できる人なのか”考えてほしいんだ」
コメント欄には「優しい人だよ!」「わかる、私も少し近いと思った」など意見が割れる。
無垢なまひろの言葉は、ファンの熱狂と不安を同時に煽った。
レイNews記事化
翌朝、「レイNews」には記事が並んだ。
本文は冷静に見えるが、切り抜かれた映像キャプションや匿名の証言が散りばめられ、疑念を膨らませていた。
群衆の暴走
SNSは瞬く間に炎上した。
「優しさだと思ってたけど危なかったのかも」
「ハグとか近すぎ」
「ファンの安全を守ってほしい」
まとめサイトは「距離感ゼロの俳優」と揶揄し、ワイドショーは過去の舞台挨拶をスロー再生し「確かに近い」と煽る。
ファン同士の言い争いが加速し、公式サイトには抗議メールが殺到。
数日後、俳優Yは出演予定だった映画イベントを欠席することになった。
沈黙も弁明も「認めた」と解釈され、信頼は急落。
クライマックス
制作会社は「安全性を考慮し、出演を見直す」と発表。
急成長俳優はわずか半年で、一線から姿を消すことになった。
結末
その夜。
「はごろもまごころ」の配信画面に、ランドセルを背負ったまひろと、ふんわりと笑うミウが映った。
「僕……ただ“近すぎるんじゃないかな”って思っただけなのに」
まひろは首をかしげ、無垢な目をカメラに向ける。
ミウはやさしく頷き、両手を組んでにこり。
「え〜♡ でも、みんなで考えたんだから安心だよね。応援の形って大事だもん♡」
コメント欄には「子どもが正しいことを言ってくれた」「守ってくれてありがとう」の文字が並ぶ。
その裏でミウのPCには次の記事の下書きが5本、すでに予約投稿されていた。
“次はどの有名人に焦点を当てるか”を決めるリストとともに。
無垢な問いかけとふんわり同意、その裏でひとりの若者の未来が削り落とされていた。