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「今度はお湯張ったほうがいいよね。体冷えてるでしょ?」
城咲は再び紫音を部屋に招き入れると、持っていた新聞紙と植木鉢を玄関に置き、脱衣所に入っていった。
「はいこれ」
そう言って真新しい白いタオルを紫音に渡すと、湯船にお湯を張り始めた。
「すみません。一日に何度も……」
紫音は頭を拭きながら俯いた。
さきほど、マンションのエントランスに置きっぱなしにしてしまった植木鉢を取りにいった帰りなのだろうか。そこには観葉植物が2つ並んでいた。
「どうぞ。温かい飲み物でも入れるから」
いつのまにか敬語がとれた城咲の優しい声は、体は濡れているのに乾いている紫音の心に、あっという間に染みていった。
紫音は素直に上がると、自分の家にあるダークブラウンのソファとは違う、ライトグレーのソファに腰かけた。
「体はもう痛まない?」
座る紫音を心配そうに振り返りながら、城咲はキッチンに回った。
「大丈夫です」
紫音はタオルを頭からかぶりながら、俯いた。
「ーー実は先ほどの先輩が、このマンションまで来たらしくて」
「え」
キッチンの中でせわしくカップやら粉の入った瓶やらを準備していた城咲の手が止まる。
「どうしてこのマンションを知ってるの。しかも部屋番号まで」
そんなのこっちが聞きたい。
「わかりません……」
紫音は深く息を吐きながら首を振った。
「……そう」
城咲は息を吐くと、カップに粉とお湯を入れ、スプーンでかき回しながらリビングに入ってきた。
「警察に相談するより他ないと思う」
紫音の目の前にカップが置かれる。
カカオの甘い匂い。コーヒーではなくココアのようだ。
「ーーご両親はなんて?」
「それが……」
紫音は背中を丸め、小さくなりながら言った。
「完璧に先輩の言うことを信じてしまって」
「え?」
「私が先輩と話している女の子にヤキモチを妬いて、陶芸作品を壊したって。気づかなかったんですけど、動画まで撮られてたんです」
「動画って……」
城咲は信じられないというようにソファに凭れながら首を振った。
「本当なら、そこで自分がされたことを言うべきだったんでしょうけど……てか、言おうと思ったんですけど……」
だめだ。涙が溢れてくる。
「ママが、私のこと、頭ごなしに叱って、全然私の話、聞いてくれる雰囲気なくて……」
「映像で観せられたから、困惑しただけじゃない?」
城咲がフォローを入れるが、
「違う」
もはやそれは確信に近かった。
「あの人は……私を愛してないの」
そう言葉にした瞬間、顔が溶けてしまうほどの熱い涙がこぼれだしてきた。
ずっと、気づいていた。
ずっと、わかってた。
母は、私を愛していない。
母が向ける目は、
輝馬のそれとは違う。
凌空のそれとも違う。
その目はそう。
あの女を見る目と同じだ。
あの汚くて、
臭くて、
大嫌いな女と同じーー。
「……!!」
その瞬間、タオルを頭からかぶった紫音の体は、ほのかに花の香りがする城咲の体に包まれた。
「辛かったね」
城咲は紫音を抱きしめたまま言った。
「君が生まれてからずっと感じてきたことを、君たち家族に会ったばかりの僕は、否定したりしないよ。全ての親が子供を愛せるわけじゃないし、全ての子供が愛を与えられるわけじゃない。与えられるべきだとは思うけどね」
ジンジンと低い声が体に溶けていく。
「もう苦しまなくていい。そんな家、帰らなくていいんだよ」
低い声はもはや耳からではなく、振動となって、抱きしめたたくましい腕から、触れ合っている胸から、直接伝わってくる。
「ずっと、ここにいればいい」
その声が血液を流れる。
「僕が守ってあげるから」
その言葉が脳髄を溶かす。
それがあまりにも心地がよくて………。
紫音はそのまま微睡み、やがて夢の世界に堕ちていった。