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放課後の相談室。
ドアを開けて入ってきた彼女は、最初からうつむいたままだった。
「……好きな人がいるんです」
唐突な言葉に、蓮司はふっと笑った。
「お、珍しいな。ここに来るやつの九割は“死にたい”か“消えたい”だ。恋バナなんて健全でいいじゃん」
「……健全じゃないんです」
「ほう」
「好きなのに、“どうせ私なんか”って思って、近づけないんです。笑って話すこともできるけど……本音を出したら嫌われる気がして」
机に置いた彼女の手が、強く握りしめられていた。
「なんで自分を下げる前提なんだ?」
「……だって可愛くないし、頭もよくないし……。他の子のほうが絶対にいいから」
蓮司は肩をすくめた。
「なるほど。“比較病”だな」
「……」
「お前の言う“他の子”ってさ、具体的に誰だよ」
「え?」
「誰と比べて“私なんか”って思ってんのかって聞いてんの」
少女は答えられず、視線を泳がせる。
「……やっぱりな」
蓮司は小さく笑った。
「お前、比べる相手を明確にしてないだろ。だから永遠に勝てない相手と戦ってる」
「……」
「可愛い子、頭いい子、明るい子……その全部を一人の人間に重ねて“完璧なライバル”を作ってんだよ。そんなやつ、この世にいねえのに」
少女は言葉を失い、指先だけが小さく震えた。
「だから“どうせ私なんか”って思うのは、ある意味で楽なんだよな。挑まなくていいから」
「……っ」
「けどさ、相手はお前の“完成された理想像”と付き合うわけじゃない。お前自身と向き合うんだろ。だったら結局、“嫌われるかどうか”ってのは、お前が決められることじゃない」
静寂。
少女は唇を噛みしめ、絞り出すように言った。
「……じゃあ、どうしたらいいんですか」
蓮司は机に肘をつき、少しだけ真剣な声を落とす。
「嫌われてもいいから一歩踏み出せ。自分を下げ続けて何もしないほうが、確実に後悔する」
「……」
「好きになるのに資格はいらねえ。自分を嫌いなままでも、相手を好きでいていいんだよ」
少女は目を伏せたまま、小さく震える笑みをこぼした。
「……そんなこと、言ってもらえると思わなかった」
帰り際、ドアノブに手をかけた彼女の背中に、蓮司は軽く言葉を投げた。
「――“どうせ私なんか”って口癖、今日から禁止な」
彼女は振り返らずに、でも少しだけ軽い足取りで相談室を後にした。
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