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子供の頃は、大人になれば誰だって自然と結婚出来るものだと思っていた。これに関しては、 周囲にいる大人達が皆そうだったのだ、そう思ってしまっても仕方がないと思って頂きたい。
それがどうだ。いざ自分が、情勢も落ち着いた事を理由に結婚したいと思ったら、全っ然上手くいかないではないか。あぁ……もう、自暴自棄になってしまいそうだ……。
新緑と花に囲まれた小国・カルサール。
目立った資源は無いが、肥沃な大地を活かして農耕で国は栄え、華やかさは無くとも国民は皆豊かな日々をおくってきた。 周囲を山脈に囲まれているという天然の防壁のお陰で長年大きな戦火も無く過ごしてきたこの国だったのだが、隣国の王に好戦的な者が即位したのをきっかけにその国から侵略され、国同士の戦争が起きたのは俺が十二歳の頃だった。
初戦があった時。王城のある首都は何とか戦火から逃れる事が出来たが、都市から離れた村々は一斉に攻撃を受けてひどい蹂躙に遭ってしまった。家々は焼かれ、物資は全て略奪され、土地が奪われる。長年平和にすごしてきた住民達では農具を持って抵抗するも無駄に終わり、呆気なく命を奪われてしまった。俺の親も、兄弟もその被害者だ。
戦争により孤児になった俺は、この国の成人年齢である十五歳までの間を孤児院で過ごし、その後は国軍に入り、厳しい訓練と経験を経て騎士団へと起用された。俺にとってそれは自然な流れだった。国民総出による必死の抵抗で、決着がつかぬまま続く戦争に参加する事は『義務』だとも思っていたからだ。
幸い俺は生まれながら体格に恵まれ、剣術の才もあったのか、周囲が驚く程の成長を遂げて早々に武功を挙げて出世街道に乗る事となった。団長を務める部隊は常に前線に送られはしたが、優秀な部下のおかげと幸運が重なり、負け戦の経験が一度も無かったおかげだ。
始まりのような大きな衝突はその後殆ど無いまま、無駄に長い年月隣国との戦争状態が続いた。向こうも仕掛けたからには、引くに引けなくなっていたのだろう。
決定打の無いまま、何度も何度も続く小競り合い。
だが久々に起きた大きな衝突の中で、運良く敵の総大将首を討ち取るという功績をあげたのをきっかけに、長年の戦に終止符を打つ事が出来た。
戦争を終わらせた英雄として、孤児出身の庶民でありながら《騎士団長》に就任し、《公爵》の位をも得た俺は一躍有名人になったのだ。
——そんな俺が、連日の大騒ぎの末、凱旋だ国王との謁見だとで大忙しだった期間の最終日の晩。今日は祝賀会として開かれた夜会への招待を受けている。 戦争中だからと長年夜会は自粛されていた為、久々に実施される今夜の夜会は、かなり盛大に開催される事になった。
街では王家から民衆達にと酒が振る舞われての祭りも開催され、国を挙げて戦争の終わりを祝う。これではほとんどの残留物資を使う事になりそうだったが、そんな心配は後でしようと大盛り上がりだ。
今夜の祭りの主役は俺と直属の配下だった団員達である。総大将を討ち取ったので当然なのだが、本来は長年戦い続けた義勇兵や騎士団全員、支えてくれた家族達など、国民全員の功績なのだから限定的な扱いには不満があった。が、会場の都合や人数的問題で絞ったと言われては諦めざる終えなかった。
長々と自分語りしてしまったが、ここからが本題だ。
実のところ、恥ずかしながら俺はこの夜会をとても楽しみにしていた。 俺も流石にいい歳だ。結婚する為の出逢いが、欲しかった。
一目惚れとまでは望まない。せめて、異性と知り合う機会が欲しい!と。
男社会の中で十五歳から三十歳になるまでをすごしてきたので、残念な事に交際経験がまるで無いのだ。結婚適齢期を逃して随分経つが、家族のいない俺はどうしても家庭が、嫁が欲しかった。
今夜誰かと素晴らしい出逢いが出来れば……。そう望むのは、自然な事だと思いたい。
いざ出陣!と、夜会参加の為に着慣れぬタキシードを武装し、茶色い短髪もしっかりと整えた俺は、王城内にある大ホール内へと足を運んだ。
クリスタル製の豪華なシャンデリアや美しい調度品にあふれた大ホールには素晴らしい音色のクラシカルな音楽が流れ、貴族階級の者達が着飾った姿で溢れかえっている。
順々に国王陛下と王妃様が挨拶を済ませてそれぞれが思い思いに祝賀会を楽しむ。今まで出来なかった夜会を存分に堪能しようと、皆無礼講に近い盛り上がり方だ。もっとも、兵士達の馬鹿騒ぎに慣れている俺から見たら十分上品なままではあるが。
そんな彼らの中に、緊張しつつ、慣れないながらも足を運んでみた。 戦争を終わらせた英雄の登場だと、様々な者達が俺に興味を抱き、声をかけてくれる。だがそれらは全て——
全員が全員目を輝かせ、俺の話に聞き入り、尊敬の眼差しを向けてくれる。賛美に溢れた声を存分に浴びせ掛けられ、『是非またお会いしたい』と懇願された。悪い気はしない、それらはとても嬉しい事だ。
なのに、女性達は皆が皆俺を遠目に見て近寄ろうともしない。男共の作る城壁にも近い人集りで近寄れなかったとも言えなくも無い……と、思いたい。
最後まで……笑える程に女性達は、王妃様以外は誰も、俺に声をかけてはこなかった。
(な、何故だ? 庶民出身だとはいえ今は爵位も高いし、騎士団長という最高職にも就いているのに!
結婚し、家族を持ちたい俺は男に囲まれても仕方が無いというのに! 何故なんだ⁈)
理由が分からぬまま、俺の初めての夜会参加は敗戦した。『戦場』へ出て初めての、黒星だった。
「……嫁が、欲しい」
夜会での惨敗から一ヶ月経ち、今回の件で任された領地内にある森へ一人で散歩に出ている。俺には気分転換が必要だったのだ。初の夜会への参加以降、少しづつ自分が結婚相手を見付けることが困難なタイプであると気が付き始めた。あまりにヘコむ俺を見兼ねて、周囲が言葉を濁しながら教えてくれたのだ。
どうやら俺は典型的な《男にモテるタイプ》であって、女性受けする外見では無いらしい。
この国の流行りの男性像というのは、細身だが筋肉のある、知的な雰囲気の男性なのだとか。残念ながら俺は筋肉しか満たしていない。 二メートルを超える筋骨隆々な巨体は見事に今の流行りから外れている。戦場へ出続けていた体は傷だらけだし、左目の上には大きな切り傷の跡が今も残っている。命の取り合いをしてきたせいか顔付きは険しくなっていて、その風貌からは知的さの欠片も見出しては貰えない。経験に基づいた戦略を立てたりなどは得意なのだが……非常に残念だ。
直属の部下だった者達が続々と婚約していくのを見て、『成る程、これがモテる男なのか』と納得しながら報告を黙って聞いた。羨ましいなとはおくびにも出さずに。
行動に出せぬまま、周囲の適齢期の女性達は続々と婚約していき、無駄に時間だけが流れてしまった。家の為の結婚という考えをそもそも持っていない私では、よく知らない女性に、いきなり家名や地位だけを理由に婚姻を申し込む事なども出来ないので当然だった。
愛し、愛される結婚がしたい。
——それがこんなに難しいとは。
深いため息を吐いて、近くにあった切り株に腰掛ける。 戦場を駆け抜けていた時の方が、やらねばならぬ手順が明白な分ここまで悩む事など無かったなと思うと苦笑してしまった。
木々の隙間から見える空を仰ぎ見ると、スッキリとした青空が見えた。雲がなく、高い空はとても綺麗だ。空気も良い、街とは違って深呼吸すると全身が癒される感じすらする。このまま悩みさえも吐き出して、消えてしまえばいいのにと思うが、もちろん無理な望みだった。
「自分が醜男だと気が付いていなかったとか、アホにも程があるだろ……」
誰に言うでも無く、一人呟く。
よくよく考えてみたら、俺を褒める言葉はみな、この恵まれた体格や優れた剣術に対してだった。それも全て男性から受けた賛美だ。女性が好みそうな要素の欠片も無いと何故今まで気が付かなかったんだ。
そんな俺が、『嫁が欲しい』など、そもそもが間違っているんだ。
そうだ、そうなんだ。
何度も頷き自分へ言い聞かせる。正直キツかったが、諦めた方がいい。女性に好かれない自分が結婚したいなど迷惑行為だ。一歩間違えれば犯罪者扱いされるかもしれない。そうなってはお互いに不幸でしか無いのだから。
言い聞かせるうちに、本当にそうだと思えてきた。
それが真実で絶対的なものなのだと。
一人納得していると、不意に動物の気配を感じた。白くて小さな生き物が、ユラユラと尻尾を揺らして木々の間に座っている。今までに見た事の無い動物だ。子キツネに近い姿ではあるが……それにしては小さ過ぎる。『生まれたてなのか?』と不思議に思いながらその生き物を見詰めていると、それが俺の方へ近寄って来た。
一歩、二歩と近づいて来るたびに段々と速度が上がっていく。サイズの割に動きが早く、避ける間も無く私の肩へと飛び乗られてしまった。
『んな!?』と言いそうになった声を堪え、恐る恐る顔を横に向けると、その生き物は頭をユラユラと振り、少し楽しそうにしている様に見えた。
これでは正直動き辛い。
変な行動をして噛み付かれてはたまったものではないのだが、追い払うには可愛過ぎる。心なしか少し光って見える不思議な生き物が何者か全く想像出来なかったが、この生き物との出逢いが、私の全てを変えた。
《世界》を、変えさせたのだ——