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「あ、あのぉ、皆さん……」
困惑した櫻子は、皆へ再び語った。
「私は、ただ、お玉ちゃんのお支度をしたいだけで、そのぉ、こちらの店をどうこうということは……考えてなくて……何か、誤解が……」
皆の期待を込めた櫻子への眼差しが、段々雲って行く。
盛り上がっていた店が、自分の一言で、すっかり、静けさに包まれてしまい、櫻子は焦った。
ハッハッハと金原が、得意気に笑う。
「そら見ろ、これは、所詮は素人なんだ。勝手に祭り上げられ、本人も困っているぞ?」
「キヨシ!その口、慎みなさい!彼女は、飼い犬のタマの為、色々考えた。そのよかれと思った事が、結果的に、成田屋の為にもなるんなら、上等じゃないか!」
ハリソンが、いきり立った。
「……あの、犬は、飼ってません……お玉ちゃんは……人です……」
完全に、大きな誤解が生じていると櫻子は、頭を悩ませる。はっきりさせないといけない。そう思っても、妙な方向へ走っている話に、何をどう言えば良いのか分からない。
そんな、困りきる櫻子を見て、店員が一人、歩み出た。
「申し遅れました、手前、成田屋の番頭を勤めております。奥様には、無理難題を押し付けてしまい、申し訳ございませんでした。ただ、愛犬可愛さから、出てきた、ドレス以外の物を作るというお考え、これは、手前どもも、目から鱗の話。そこから先は、手前どもで仕切りましょう。いや、そうしなければならないのです」
主人が、逃げてしまっては、店をたたむ事も、誰かに譲る事も、いわゆる所有権の問題で、勝手に動かす事ができない。かといって、店を放棄し、皆で出ていくのは、空き家になるとためらわれ、今まで通り商っているのだと、番頭は切々と語った。
しかし、ドレスの注文など、たかだか知れている。生地も手薄になり始め、どうにかしなければと思った所へ、築地の在留外国人客相手に通訳を行っているハリソンが、金原の事を持ち込んできた。新婚だけに、品を揃えるだろう。上手く行けば、かなりの収益になるだろうし、いっそのこと、仮の店主にしてしまえと、知恵をつけたのだとか。
「まあ、手前どもも、資本が、底をついてきて、ハリソン様から、格安の生地を仕入れた次第。正絹と偽り、人絹を売ろうと、そんな、浅はかな考えすら持ってしまったのです」
「まあ、困窮と貧困が重なると、ずる賢くなってしまうさ」
事情をさらけ出した、番頭を庇っているのか、自分の立場を守ろうとしているのか、ハリソンは、知った顔で金原に補足した。
「で、そうやって、店の者を乗せておき、ハリソン、お前は、何を企んでいたんだ!」
え?と、驚きながら、ハリソンは、なんのことでしょうと、とぼけてみせる。
「どうせ、この店、いや、周辺の土地が目当てなんだろう!それで、金原商店の名を使い、邪魔者が入らないようにしようとしたな?!」
びしりと言い切り、金原が、ハリソンへ釘を差す。
「ご名答!!いやー、だってね、あの、冨田が、また動いてるんだよ!」
今度こそは、横取りさせまいと、ハリソンの鼻息は荒いのだが、金原の表情は硬くなり、櫻子を見た。
「……ここからは、仕事の話だ。お前は、虎と先に帰ってろ」
冷たい言葉を櫻子へかける金原だったが、何か、労うような眼差しを櫻子へ送っている。
「あちらの部屋を借りる」
番頭に声をかけ、金原は、ハリソンを顧みる。
「……ハリソン、続きを聞かせろ」
「あー!そうそう!そうだ!私の事情より、高井子爵だ!」
「……高井、子爵とは、あの?」
「そー!女好きの、あの子爵!!」
なるほど、と、金原が、ニヤリと笑う。
「おお怖い!キヨシ、また、何か企んでいるな!」
「ああそうさ!企みも、企み!!櫻子!お前の仇をとってやるぞ!」
物騒というべきか、不気味というべきか、なんとも言い難い、薄ら笑みを浮かべた金原は、急にご機嫌になり、ハリソンを、隣の部屋へ誘った。
「……あ、この、生地を、お借りして、いえ、購入して……といっても、お金が……」
お玉に着物を仕立ててやりたいと、その思いが消えない櫻子は、ハリソンが持ってきた生地を持ち帰りたかった。が、あくまで売り物だからと、番頭に、いかほどかと尋ねた。
「お代は、構いません。ただし、奥様。仕立てた、そのお着物を、私どもに、お見せ願いませんか?」
番頭は、ドレス用の生地が、どう子供用の着物に化けるのか興味があると、そして、それは、商品にできるかもしれないと、櫻子へ言った。
「わかりました。商品見本というわけですね?」
そうなりますか、と、番頭は頷くと、生地を何種類か抱き抱え器用にドアを開ける。
櫻子は、店から出ると、外で待っていた虎へ声をかけた。
番頭は、虎の人力車へ近寄ると、荷物である生地を座席に乗せた。
「奥様、狭いようなら、座席の下の荷物入れへ入れられます!」
「虎さん、大丈夫。一人ですから……」
「って、一人!!社長は?!」
虎が、叫ぶ。櫻子だけが、帰るということは、中で、金原と何かあったのではと、少し慌てていた。
「あ、ハリソンさんと、お仕事の話だそうで……」
櫻子には、それしか言えなかった。
「ええ、お二人の帰りの足は、こちらで、手配いたします」
番頭は、言うと、深々頭を下げた。
虎も、仕事の話と聞いて、安心したのか、へぇーい!と、威勢よく答え、ささっと踏み台を用意して、櫻子を人力車に乗せた。
「じゃ、奥様!帰ります!!」
じわりじわりと、動き始める人力車を、店の番頭始め、後から出て来た店員達が、頭を下げ、見送った。