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恵
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二月に入り、圭が夕食を食べに『家庭料理 ゆき』を訪れると、美花の母、雪が待ち侘びていたように目を細めた。
残業を終え、二十時過ぎに来店したせいなのか、珍しく客はいない。
「いらっしゃい、葉山さん」
「どうも……。こんばんは」
「ちょっと待っててね」
圭に言葉を残した雪は、厨房の奥へ引っ込むと、『美花! 彼氏さん来たよっ!』と彼女の部屋に向かって、声を張り上げているようだった。
『今いく〜!』
(女の騒がしい雰囲気は、今まで毛嫌いしていたが…………美花と出会ってから、俺の考えも変わった、って事なのだろうな……)
微かに聞こえた美花の声に、彼がフッと表情を緩める。
母娘の足音が、こちらに近付き、厨房から美花と雪が顔を出した。
「圭ちゃん、お疲れさま。今日ね……」
美花の隣にいた母が、大きめのタッパーをカウンターの上に置く。
「節分でしょ? お母さんが、圭ちゃんと私の恵方巻きを作ってくれたんだ」
美花がタッパーの蓋を開くと、色とりどりの具が入った太巻きが二本入っている。
「そうか。今日は節分だったか。すっかり忘れてたな……」
圭が独りごちると、美花がスイングドアを通り抜けて、彼の隣に歩み寄ってくる。
「今年の恵方は南南東だよ。恵方を向いて、願い事を込めながら、黙ったまま太巻きを食べるの」
「なるほどな」
この歳になるまで、クリスマス以外の季節行事に疎いまま生きてきた圭。
節分といえば、彼の中では豆まきのイメージが定着し、恵方巻きを食べるのは初めてだ。
「南南東は、あっちみたい」
美花がスマートフォンを取り出し、方位磁石のアプリを立ち上げると、方角の確認をして指を差す。
「じゃあお母さん。恵方巻き、頂くね」
「太巻きを作って下さり、ありがとうございます。頂きます」
圭と美花がそれぞれ太巻きを手にして、両手で掴む。
身体を恵方に向け、二人揃って口を開けた。
(美花と……この先も一緒にいたい……)
圭は、恋人の母が作ってくれた恵方巻きを無言で堪能しつつ、美花への想いと自らの願いを託した。