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「これは、何ですか?」
「惚れ薬です。どうですか? 私の事が好きになってきたでしょう」
私は思わず吹き出してしまった。彼がどうしてそんな嘘をつくのか分からないが、これは嘘だ。そもそも、本当に惚れ薬が存在しても私がオスカー以外の男を好きになるなんてありえない。
「本当は何ですか?」
口の端から漏れた雫をレースのハンカチで拭きながら尋ねる。
「スイカズラの花酒です。薬効があるから、これからの冬場乾燥した時期に風邪防止に役立ちます。この辺りには至る所に咲いているから特産物として販売してはどうですか?」
淡々と肩をすくめながら語るフレデリック。彼は私がここに赴いた理由をもう察している。私は国境沿いにあるヘドリック領地の地の利を生かし帝国と貿易をしたいと考えていた。
「抗菌効果があって、うがいにも使えると聞きました。飲ませるとより効果があるとは知りませんでしたわ。私はまだお酒を飲んで良い年齢ではないので、これからはこのような真似はやめてください」
「帝国では十六歳で成人として認められ、酒を飲む事も許されます。酔った君も見てみたいです」
「ここは帝国ではなく、アベラルド王国です。私を酔わせてしたいみたい事があるとしても、ここでは許されませんよ。先程のようなおふざけはやめてください。私に触れて許されるのはオスカー・アベラルドただ一人です」
強く言い放った私に彼は面を喰らった顔をした。
ふと、嫌な予感が過ぎる。フレデリックがこの領地を入り口として、アベラルド王国を侵略しようとしている可能性はないだろうか。
私は一瞬浮かんだ疑惑に首を振る。私の知る未来に彼は存在しなかった。
馬鹿女のふりは様々な時に使えるが、色恋で迫って来ようとする相手には毅然と対応しなければならない。私の身も心も、当然この唇も全てがオスカーのものなのだから。
「シェリル嬢の唇が甘そうで食べたくなってしまい本能に抗えませんでした。無礼をお詫びさせてください」
「いいえ、詫びる必要などありません。ただ、ダイヤモンド鉱山の採掘権を譲ってくれれば良いのです」
「こちらに利がありません」
「ありますよ」
「今宵、貴方が私のものになってくれるのですか?」
私は盛大に溜息を吐いた。女の武器でもある髪を切っても、私の婀娜っぽいルックスは体を武器にしていると勘違いされやすい。私がオスカーの寵愛を一心に受けているのも、性技で惑わしていると妙な噂がずっとたっていた。
「私の全ては私のものではありません。オスカー王子殿下のものです。私たちが差し出せるのはこの国の技術です」
「技術?」
私は首を傾げるフレデリックに、領地の子供たちが石に素晴らしい彫刻をしていたのを話した。
「子供が?」と少し馬鹿にしたように笑われたが、子供さえも一流芸術家のような手先の器用さを持っている事を丁寧に伝えた。石や流木を削ることくらいしか娯楽がない哀れな子たちが知らずに身につけた手の器用さ。私は自分たちが打ち込んだことがお金にんる事を彼らに伝えたい。
「フレデリック皇太子殿下、ダイヤモンドの採掘権を譲って頂ければ、こちらで加工して素晴らしい品にしてバロン帝国に納入致します。加工した宝石の売上の半分をお渡ししたいと思ってますわ」
フレデリックは私の腰を支えながら、考え事をしているようだった。私の体に触れながらまともな判断ができる自信があるらしい。回帰前、私の体は少なからずオスカーを狂わせた。
男好きする下品な身体つきをしてると陰口を言われた事もあるが、それで少しでも眼前の権力者の判断能力を鈍らせられたらラッキーだ。オスカー以外の男に身体を触れさせたくはないが、崖っぷちの状態の今はそんな我儘は封印する。
「半分、それならば私の方で何とか契約を進めましょう」
加工の手間が省けるという利点もあると思って貰えてホッとする。アベラルド王国の失業率は非常に高く、豊かと称されるヘッドリー領地でも五割を超える。
こちらとしては雇用も創出できて良いことづくめだ。
「ありがとうございます。では、決まりですね。国同士の契約ですよ。早速、一筆書いて頂きましょうか」
私は彼の腕の拘束からするりと抜けると、彼の手を引き部屋の奥へ進んだ。おそらく書斎だと思った部屋にあった机の引き出しを開け髪と羽ペンを用意する。
「強引なお嬢様ですね」
「それはお互い様ですわ」
彼が私の唇を人差し指でゆっくりとなぞる。
初めてオスカー以外の男とキスをした。
不意打ちだったけれど、彼を裏切ったような気持ちになり正直辛い。私は落ち込む気持ちを誤魔化すように不敵に笑う。
余裕のあるフリをしないとこの男とは対等に渡り合えない。
「フレデリック皇太子殿下は知識が豊富なんですね。少しお知恵を借りても良いですか?」
「もちろんです。ベッドでなら、何でもお聞きしますよ」
彼の言葉に私は少なからず落ち込んだ。王国でも筆頭の公爵令嬢を差し置いて私がオスカーの婚約者になったのは体を使ったと今でも噂がある。私が当時オスカーと婚約したのは十歳だ。ただ、お互いに見つめ合い恋に落ちただけなのに卑猥に語り継がれるのが悲しい。
「そういう冗談はやめて欲しいです。私はこの身を生涯オスカー王子殿下にしか捧げるつもりはありません」
フレデリックのエメラルドの瞳を真っ直ぐ見つめる。分かってくれない人ではないはずだ。私を王国の領地に隠して作った秘密の建物まで案内してくれた。
それは私が彼を信用し、彼も私を信頼しお互い秘密を共有しても口外しないという暗黙の了解。
「そんな泣きそうな顔されると、流石に傷つきます」
フレデリックが跪き、私の足元に何かをつけてくる。
「エメラルドのアンクレット?」