テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「それ…………何だ?」
自らの気持ちを逸らすように、美花の手元に目を配る。
「あ、これ? ボイスレコーダーだよ。私、楽譜が全く読めないから、自分の歌った声を録音して、これを聴きながら曲を作ってるんだ」
彼女が、再びボイスレコーダーを操作して、バッグの中にしまう。
「…………いつも、持ち歩いているのか?」
「うん。いつどこで音が降ってくるか分からないし、思いついた時に、ボイスレコーダーで思い浮かんだメロディを歌って録音しておけば、曲を作りやすいし。あ、もちろん、仕事中にはしないよ?」
美花は、自分の作曲方法を圭に知られたのが恥ずかしかったのか、えへへ、と目を細める。
「でもねぇ、たまにだけど、仕事中に音が降ってくる時があって。その時は、もちろんボイスレコーダーなんて使えないから、頭の中で何度もリピートさせてるの。で、昼休みや休憩時間に、人目につかない場所で、こっそりとボイスレコーダーに向かって小声で歌うの。怪しい女だよねぇ……ふふふっ」
小さく笑い声を立てている美花に、圭は微笑まれ、またも心臓がドクリと鼓動を打ち鳴らす。
「音楽を作るにも、色々あるんだな」
彼は、美花の笑顔に眼差しを向けながら、額に掛かった前髪を掻き上げる。
(彼女…………よく……笑うよな……)
キラキラとした笑みに、圭は仄かに目尻を下げると、どことなく安堵感に包まれている事に気付く。
彼は、唇を緩めながらオールを握り直すと、徐にボートを漕ぎ始めた。
約一時間の水上散策を終え、圭が徐々にスピードを落としながら、船着場にボートを寄せる。
「ボート、気持ち良かったなぁ……。おにーさん、ありがとうございましたっ」
「あ……いや…………どういたしまして」
ストレートに礼を述べる美花に、照れ隠しで、素っ気なく答えてしまう圭。
彼が先にボートから降り立ち、美花に手を差し出す。
彼の手を取り、彼女が船着場に足を掛けた瞬間、バランスを崩したのか、小さな身体が左右に揺れ、転びそうになった。
「きゃぁっ」
「危ない!」
咄嗟に美花の左手首を掴んだ圭は、グイッと引き寄せ、細い身体を抱き留めた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
保谷東