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教室の中央、誰かがちらつかせる紙切れには、にじむように鉛筆でこう書かれていた。
「昨日の夜、何があったのか話せ」
文字は無邪気に見えるが、声に出すことを強制されると、それは凶器のように響く。点数制のルールでは、質問に応えれば減点されず、答えを渋れば即得点対象になる――つまり、羞恥と痛みを稼ぐための仕掛けだ。
遥の膝は小刻みに震えていた。心臓の音が頭の奥で反響する。答えを出せば、自分の家庭の地獄や昨夜の出来事が露わになり、笑いの材料にされる。答えなければ、羞恥や痛みが加算され、点数の対象となる。どちらを選んでも、自分は“犠牲”として晒されるのだ。
「……おい、答えろよ」
小さな声で挑発するのは、いつもの加害者たち。笑みを浮かべながら、筆記用紙やスマホで瞬間を撮ろうとする。教室の隅で教師は点数を見守り、まるで静かに遊んでいるかのように装っている。だが目線は確実に遥を捉え、心理の揺れを見極めている。
遥は目を伏せる。心の中で、あの夜の出来事がフラッシュバックする――晃司の手が首筋に滑り込み、痛みと冷たさが混ざった感触。颯馬が嗜虐的に笑いながら、自分を押さえつける記憶。何度も反芻しては、吐き出すことができない悲鳴と羞恥。
「……話せ、だってさ」
誰かが紙を揺らす。声にならない声が喉の奥で詰まり、涙がわずかに頬を伝う。
加害者のひとりが前に出て、指先で遥の肩をつつく。
「どうするんだ? 言ったら点数稼げるぞ、黙ったらもっと面白くなる」
遥の中で、日下部の顔が浮かぶ。日下部は今、この場にはいない。守れないと知っていても、巻き込みたくない。だから、自分が耐えるしかない――その思いが胸を締めつける。
やがて、遥は小さな声で、震えるように言葉を紡ぐ。
「……昨日の夜は、……俺が……」
言葉を途中で止める。加害者たちの笑い声が増す。誰も手を貸さない。教師の視線は冷静だが、計算された嗜虐の目だ。遥は何度も自分を責め、全身の力が抜ける感覚を味わう。答えなければ罰、答えれば曝露――どちらも、羞恥と痛みの増幅装置の中に放り込まれる。
身体は小さく震え、心は凍りつく。だが、胸の奥には、日下部を守らなければという微かな希望が灯る。
(……俺が、耐える……日下部には、もう何も……させない……)
その瞬間、加害者たちの笑いはさらに激しさを増す。紙に書かれた言葉を揺らし、スマホを向け、点数を稼ぐための“演出”が続く。遥は羞恥と痛みで押し潰されそうになりながらも、わずかな理性で自己を折り曲げ、次の罰に備えるしかなかった。