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相談室のドアが開く音もなく、少女が入ってきた。 机に突っ伏す蓮司を見つけると、わざとらしく足音を鳴らしながら近づいてくる。
「ねえ、もし親が“将来これになれ”って決めてきたら、どうします?」
椅子に腰を下ろすなり、真顔で問いかけてきた。
「反抗期みたいな質問だな」
「反抗期じゃないですよ。本気で困ってるんです」
彼女は唇をかみ、拳を机に押しつける。
「うち、親が看護師で……“絶対同じ道に行け”って。小さいころから勝手に夢にされてて」
「へえ。で、なりたいの?」
「全然。血見るのも苦手だし」
蓮司はペンをくるくる回しながら、ふっと笑った。
「まあ、親ってのはだいたい子どもの人生を自分の作品だと思ってるからな」
「作品……」
「“自分が描いた通りに仕上がれよ”ってな。でも、お前は親の落書き帳じゃない」
少女の指が止まる。
「……そんなふうに考えたこと、なかった」
「だろ。だから悩む」
窓から射し込む夕日が、彼女の横顔をオレンジに染める。
「でも、親に逆らうのも怖いんです。裏切ったみたいで」
「裏切り? 違うな。お前が裏切るんじゃない。勝手に未来を決めてきた時点で、裏切ってんのは親のほうだ」
少女は思わず顔を上げた。
「……言いすぎじゃないですか?」
「かもな。でも事実だ。親は親、自分は自分。人生を歩く足は、お前の足だろ」
しばらくの沈黙。
やがて少女は小さく笑った。
「……なんか、ちょっと楽になりました」
「楽になったなら、それでいい」
「でも親にはどう言えば」
「“やりたいことがある”って言うだけでいい。“ない”なら、“ないから探す”で十分」
少女は椅子を引いて立ち上がる。
「……ありがと。ちょっと頑張って言ってみます」
「おう。で、言ったら俺にも教えろよ。どうなったか」
去っていく背中を見送りながら、蓮司はひとり呟いた。
「……親の期待ほど、子どもを縛る鎖はねえな」