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『お餅』🌹
うわぁ
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短編小説 7/? 2/? 1/?
ハザードランプの規則正しいカチカチという音だけが、深夜のタクシーの車内に虚しく響いていた。
運転席に座る男、古宮扇は、お気に入りの使い古されたメモ帳をダッシュボードに置いたまま、所在なげにハンドルを握りしめていた。かつて彼は調査報道のジャーナリストとして生きていた。周囲からどう思われようと「真実を暴くことで誰かを救う」という命がけの情熱に燃えていた男であったのだ。だが、今の彼の瞳には、世界が灰色にしか映っていない。
仕事仲間のオカルト関係のジャーナリストに協力を頼まれ、あの『椛の木』の真相に近づいたあの日。古宮は怪異の呪いを受け、ジャーナリストとしての、人間としての「情熱」を完全に剥奪された。
意欲は失せ、すべてがどうでもよくなった。何年と書き溜めてきた取材メモの山を見ても、何も感じない。それほどに彼の心は枯れ果てていたのである。そうして職を失い、かろうじて豊富な知識と運転技術を活かしてタクシー運転手へと再就職した。
それが、彼の現在の状況だった。
そんな彼に一ヶ月前、転位が訪れた。かつて自分の記事で救われたという人間がわざわざお礼を言いにやってきて、「もう一度書いてほしい」と頭を下げたのだ。さらに自宅のポストには、かつての同僚や仲間からの手紙が溢れていた。
(もう一度、あの熱を取り戻したい)
その一心で、古宮は独力で神社の歴史を調べ、何度も境内に足を運んだ。だが、呪いを破ることも情熱を取り戻すことも叶わなかった。けれども、一週間前にそんな彼に転機が訪れる。神社の境内に何十度目か足を踏み入れた時。あの「タヌキの像」が脳内に直接語りかけてきたのだ。
『素晴らしい感情を持った人間……一週間後に現れる「瑠璃色の青年」。そいつをここに連れてくれば、お前の心を返してやる』
そして今、約束の一週間が経ち、古宮のタクシーの後部座席には、いつの間にかあの時の「タヌキ」が、置物ではなく生きた獣としてちょこんと座り、粘りつくような「笑っている視線」をバックミラー越しに古宮へ向けていた。けれども、その顔は何かに隠されているように暗闇に溶け込み見えなかった。
「……なあ。あの青年は今頃、あの境内でどうなっている」
古宮は掠れた声で、バックミラーの中のタヌキに問いかけた。
『なんだ、気になるのか。どうもこうもないさ。今頃は、順調に段階を踏んで“吸い尽くされて”いる頃合いだろう…。熱か生命のどちらかをな。』
タヌキは喉を鳴らして不気味に笑いながら、言葉を綴る。
『あの呪いは、人間の感情や感覚を、四つの段階を経て、根こそぎ奪い去るシステムになっている。君はきっとそう認識しているだろうね。さらに言えば、みな熱を奪い去られた後、虚無感を背負って五体満足で帰ってくる…と。君が身をもって体験したように。』
「違うのか?」
『あぁ!違うとも…!あの呪いはつまるところあの女が執り行った試練でもあるのだよ。それは食うに足る価値のある感情かどうかのね。価値なき者は生命を奪われる。けれども、君は見事認められて熱を奪われたわけだ。おめでたい。祝福しよう。』
その言葉を聞き、腸が煮えくり返った扇だが、ぐっと堪える。
そして、僕の様子をみて、タヌキは嘲笑いながら、さらに、言葉を続ける。その口から放たれたのは古宮自身もかつて身をもって体験した、あの神社の『呪いの段階』についての説明であった。
『
第一の呪いは【虚無の片鱗】。大切な物を視界から打ち消し、大事な人を変化させ対象者の動揺を誘う。
第二の呪いは【己の喪失】。時代が代わり、肉体が代わり、自分が何者か分からなくなる。
第三の呪いは【絶望の追体験】。視界だけが共有された上で怪異の過去の絶望と精神をシンクロさせる。
第四の呪いは【完全な虚無】。感情を完全に奪われた後、五感のすべて、そして心にぽっかりと穴が空いたような絶対的な虚無を突きつけられる。お前だって、心当たりが山ほどあるだろう?例えば、使い古されたメモ帳を見ても何も感じなくなった時とかな。あの瑠璃色の青年も、今頃は全ての感覚を失って、自分の熱が消えかけているはずさ。そして、きっと愉しんでいるだろうな、あやつは…。ふふ。』
不気味な笑い声が響く。
『愉しむ?あの青年が。』
『あぁ。あの女は情熱を欲しがっている、記憶は消しても感覚までは消すことは出来ぬようだからな。200年以上経った今も、悶え苦しんでおるわ。それでも、残っておる。否、生まれておるのだ。そしてそれがあやつの好物だ。』
古宮は力を込め、握っていたハンドルを少し緩めた。自分の情熱を取り戻すために、あの礼儀正しくもどこか奇妙な青年を、呪いの生贄に捧げてしまった。罪悪感が胸を過っていた。「情熱を取り戻したい」という渇望が、古宮の心をついさっきまで支配していたのだ。だが、
「あの青年はただの生贄ではないのか?」
その瞬間。タクシーのドアが、外側からカチャリと開く。誰かが入ってきたようだ。酔っ払いの男性の様だった。
タヌキは座席から飛び降りる。
うわっ!と背後で声が響く。
そして、夜の闇に紛れる直前、運転席の古宮に向けて、ねばりつくような声で最後の言葉を言い残した。
『ふふ。存外だ。彷徨った果てに良き縁が回ってきたようだな。今の貴様にはかつての片鱗が見えておる。面白い。
知りたければ、明日の夕暮れの18時。あの椛の境内に来い。
面白いネタ(記事のネタ)が待っているぞ。古宮扇。』
闇の中に静かで不気味な笑い声が木霊し、消えていく。
車内で、古宮はただ、ダッシュボードのメモ帳をしばらくじっと見つめた後、お客さんに催促され、目的地に送った。
コメント
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つがさん、第10話「所以」、読み終わりました。 古宮さんの無機質なタクシーと、その対比のように現れたタヌキの不気味な哄笑。呪いの段階がひとつひとつ明かされていくところ、まるで自分の心臓の鼓動が奪われていくような感覚になりました…。特に「新鮮な絶望を味わったばかりで扇さん自身もまだ傷が生々しいのに、さらに胸をつかれる」みたいな、あの罪悪感の描かれ方がとても好きです。瑠璃色の青年は生贄だったのか…でも古宮さんが次に動くとしたら、そこからどうなるんだろう。引き続き読み進めますね🌷