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ドアの向こうから、少し震える声が聞こえた。
「……あの、相談してもいいですか」
遥は椅子に浅く腰かけ、無言でうなずいた。目は相手の様子を探るように動く。
「最近、ずっと親に言われるんです。勉強、成績、部活、全部。『もっとできるはずだ』って……でも、僕、もう限界で」
手を膝の上で握りしめ、肩を落として俯く。声に力はない。
「……そっか」
遥は少し間を置いてから答える。声は低めだが、どこか自然な温度を持っていた。
「俺もさ、家で『お前は何もできない』とか言われることあるから、気持ちはわかる。……でもな、限界だって思う時って、別に弱いわけじゃないんだ」
彼が顔を上げる。わずかに、目が揺れた。
「弱くない……ですか?」
「そう。親が期待すること全部に応えられる奴なんて、ほとんどいない。できなきゃって思うのは自分だけじゃない。……俺は、やれることをやるしかないって思って生きてる」
言葉に迷いはなく、でも軽くもなく、淡々とした響きだった。
「でも、言われると……存在そのものが否定されてるみたいで、耐えられないんです」
遥は軽く笑ったように見せて、肩をすくめる。
「耐えられない気持ちは、そのままでいいんだよ。否定されるのは嫌だし、辛いもん。無理に明るくなる必要もない。……俺だって、心の中で『なんでこんなこと言われなきゃいけないんだ』って、毎日思ってる」
彼は少し肩を揺らして息を吐く。
「じゃあ、どうすれば……」
「どうもしなくていい。まずは、逃げずに自分の気持ちを認めること。『疲れた』って思うのも、『できない』って思うのも、そのまま受け止めろ。で、やれる範囲のことだけやればいい」
遥はゆっくりと机の上に両手を置き、相手をまっすぐに見た。
「親の期待全部に応えられなくても、お前の価値は変わらない。……俺もそうやって、自分を守ってる」
彼は初めて、少しだけ目を合わせてうなずいた。
声はまだ震えていたけれど、胸の奥の何かが軽くなった気がした。
「ありがとうございます……少し、楽になりました」
「……よかった」
遥は短く答え、また無言で机に手を置く。
静かな相談室の中で、外のざわめきが遠くに感じられた。