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「……入ってもいいですか」
小さな声とともに、戸を押す音がした。
遥は机に肘をつき、軽く顎を支えながら顔を上げた。
「いいよ。そこ、座れば」
椅子に腰を下ろした少年は、落ち着かない様子で手をいじっている。目線は床に落ちたまま。
「……友達がいるんですけど」
「うん」
「みんなで話してるとき、なんか……俺だけ違う、って思うんです」
遥は少し眉をひそめた。
「違うって?」
「会話に入れなくて。みんな盛り上がって笑ってるのに、俺だけ笑うタイミングがわからない。頑張って合わせても、なんか浮いてる気がするんです」
「……」
遥は短く息を吐き、椅子の背にもたれた。
「俺も、そういうのばっかりだよ」
少年が顔を上げた。驚いたように。
「俺、教室で浮いてるなんて当たり前だし。笑うの下手だし、話しかけても空気止まることある。……でもさ、それで自分を責めるのは、正直きつい」
少年の手が少し止まる。
「でも、置いていかれてる感じがするんです。あの輪の中に入れないって……俺だけダメなんだって」
遥は無意識に机を指先で叩いていた。小さなリズム。
「ダメなんじゃなくて、違うだけ。……無理して同じ笑い方する必要ないだろ。笑えないなら、笑わなくていい」
「でも、それじゃ友達いなくなりますよ」
「……俺、友達いないよ」
遥は軽く笑った。目は笑っていない。
「いなくても、生きてる。別に勝ち負けじゃないけどさ。無理して誰かに合わせて、自分のこと嫌いになるくらいなら、ひとりでいるほうがマシだって思ってる」
沈黙が落ちる。少年は俯きながら、机の木目を目で追っていた。
「ひとりでいるの、怖くないんですか」
遥は少し考え、視線を天井に向けた。
「怖いよ。……怖いけど、空っぽの輪の中にいるほうが、もっと怖い。そこにいるのに透明扱いされるのって、地獄だから」
少年の喉がかすかに動いた。胸の奥に刺さるように、その言葉が残った。
「……じゃあ、俺も、無理して笑わなくていいんですかね」
「いいよ」
遥は短く即答した。
「笑いたいときに笑えばいい。浮いてるって思うなら、それでもいい。浮いてるやつがいても、世界はちゃんと回ってるから」
少年はゆっくりと息を吐き、初めて遥の顔を真正面から見た。
そこに安心を探すように。
「……ありがとうございます」
「……まあ」
遥は視線を外し、机に落とした。
心の中で、誰よりも自分自身に言い聞かせるように。