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「……俺、笑うのが下手なんだ」
椅子に腰かけた少年は、手をぎゅっと握ったまま、下を向いていた。
「なんかさ、友達と話してても、みんな自然に笑ってんのに……俺だけ、ぎこちなくて。写真とか見てもさ、ぜんぶ作り笑いに見えて、気持ち悪いんだ」
遥はその言葉に少し目を細める。
「作り笑い、か……」
彼の指先が机を軽く叩いた。リズムを刻むようでいて、不安を隠すような動作だった。
「俺も、よく言われたよ。『何考えてんのかわかんない顔してる』って」
「……遥も?」
「うん。笑うときは、笑ってるフリをしてることが多い。中身は全然、笑えてないのに」
少年は少し顔を上げた。
「それ、しんどくない?」
「しんどいよ。でも……笑ってないと、余計に標的にされるから。俺の場合はそれ。だから“下手でも笑ってるふり”を選んでる」
その言葉は淡々としていた。けれど、その裏に漂う疲労は簡単に隠せない。
少年は、机に落とした影を見つめながら小さく言った。
「……俺、誰かと一緒にいるとき、笑わなきゃいけないって思ってる。楽しいふりしなきゃって。……でも、それって嘘ついてるみたいで嫌なんだ」
遥は、ゆっくり首を横に振った。
「嘘でもいいんじゃないか。……“楽しい”なんて、全部本物である必要ない。俺はそう思ってる」
そして少し間を置き、かすかに笑った。
「笑えないのに笑ってるほうが、むしろ強いよ。……だって、そうしなきゃ壊れるって知ってるから、やってるんだろ」
少年は黙っていた。けれど胸の奥で何かが動く。
――下手でも、意味がある。
そう思えたのは初めてだった。
遥は視線を伏せたまま、机の上で指を重ねた。
「……俺たちの笑いなんて、きっと上手くはない。でも、必死で作ったその笑顔はさ……もしかしたら、同じように苦しい誰かには届くかもしれない。……そういうのも、ありだと思う」
少年はかすかに息を吸った。胸の重さが、少しだけ軽くなった気がした。