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「……俺、何してもダメだって言われるんだ」
相談に来た少年は、最初から目を合わせなかった。机に置いた両手の爪をじっと見つめ、皮をむくようにいじりながら、小さな声を落とす。
「テストでいい点とっても、『次はもっと』って。部活で頑張っても、『お前のせいで負けた』って。友達に話しても、『気にしすぎ』って笑われる。……どこ行っても、否定される」
遥は静かに目を細めた。
「……わかるよ」
少年は顔を上げた。驚いたような目だった。
「俺もそうだ。何やっても『違う』とか『足りない』とか。家では殴られる理由になるし、学校じゃ笑われる理由になる」
遥は袖口を握り込み、ほんの少し肩をすくめた。
「“俺が間違ってるんだ”って思い込まされる。でも、本当は、正しいとか間違いとかじゃなくて……否定する側が勝手に作ってるルールなんだよ」
少年は唇を噛んだ。
「でもさ、否定され続けると……自分が何も持ってない気がしてくる。頑張っても無駄だって」
「無駄じゃない」
遥は遮った。声は低いけれど、迷いがなかった。
「無駄だったら、今ここに来てねえだろ。否定されて折れそうになっても、折れ切らずに残ってる。……それだけで十分じゃん」
沈黙が流れる。少年は眉を寄せたまま、俯いた。
「……でも、肯定されたことなんて一度もない」
「俺もない」
遥は即答した。
そして、苦笑を浮かべる。
「“優しいね”って言われても、それは俺を縛る言葉だった。期待されて、裏切ったらもっと叩かれる。……だから、本気で肯定されたことなんてない」
少年は、ゆっくりと遥を見た。その横顔は暗い照明に沈んでいたが、声だけは妙に澄んで響いた。
「じゃあ……どうやって耐えてんの」
遥は少し考えるように息を吐き、天井を見た。
「俺は、自分の中でだけ肯定するようにしてる。ほんと小さなこと――今日、ちゃんと起きたとか、誰にも気づかれなくても手を挙げて答えたとか。それだけでも、“やった”って思うようにしてる。……誰も褒めなくても、自分の中でだけは肯定する」
「……そんなので、持つの?」
「持たない日もある。でも、それしかねえから。……それを積み重ねるしか、俺にはできない」
少年は黙り込み、爪をいじる手を止めた。心臓の奥に沈んでいたものが、ほんの少しだけ動いた気がした。
「……俺も、やってみる」
それはためらい混じりの声だったが、確かに前を向いていた。
遥は視線を伏せ、机に影を落としたまま小さくうなずく。
「否定されても生きてる。それ自体がもう、肯定だから」
その言葉に、少年の目の奥がじわりと熱くなった。
――肯定は外にはない。けれど、自分の内に芽を残せば、消えきることはない。