テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#恋愛
ばたっちゅ
4,548
成瀬りん
148
#怪異
215
第十二章 ラディスへの帰還
第二話 商人の話
倒れた荷馬車を起こす作業は思った以上に大変だった。
「せーのっ!!」
ダイチと若い商人が力を込める。
ギギギ、と軋む音を立てながら、ようやく荷台が持ち上がった。
「うおっ、重っ……!」
「こんな荷物満載やったらなぁ」
シュンタが散乱した木箱を拾い集めながら笑う。
木箱の中には乾燥食品、薬草、布、 瓶詰めの保存食など様々な日用品が入っていた。
「ミストアへ届ける予定だったんですか?」
ジントが箱を抱えながら尋ねる。
初老の商人が頷く。
「ああ。あの辺りは農作物の他に何もないからな、定期的に物資を運んでる」
「この森を通るなんて、随分慣れてるんだな」
ハヤトが周囲を警戒しながら言う。
「もう二十年以上になる」
初老の商人は苦笑した。
「昔はここまで危険じゃなかったんだがなぁ……最近は妙だ」
その言葉に5人の空気が少し変わる。
「妙?」
ジュウタロウが静かに聞き返す。
眼鏡の商人が荷物を積み直しながら口を開いた。
「魔物も増えてるし、普段は出ないような獣まで森の外へ出てくる」
「バルグなんて初めて見たぞ……」
若い商人はまだ興奮冷めやらぬ様子で辺りを見回していた。
「本来ならもっと山奥にいる獣なんやろ?」
ダイチが尋ねる。
「ああ。滅多に人前には現れない。昔、猟師が一度見たって話を聞いたくらいだ」
初老の商人はそう言ってから、少し表情を曇らせた。
「最近は森全体が落ち着かん。動物まで怯えてる感じがする」
ジントは無意識に森の奥を見つめた。
――闇が濃くなっている。
胸の奥で感じる、確信に近い感覚。
瘴気は魔物だけではなく、森や獣達にも影響を与え始めているのかもしれない。
その時
「おっ、あった!」
シュンタが荷台の下から何かを引っ張り出した。
淡い金色の光を放つ、拳大の魔石が嵌め込まれた魔道具。
「結界石か?」
ハヤトが目を向ける。
「はい! これが無かったら夜はこの道通れませんよ」
若い商人が慌てて受け取る。
「結構高価なんですよ、これ」
「へぇ〜」
シュンタが興味深そうに覗き込む。
初老の商人が続けた。
「太陽属性の結界石だ。簡易型だが、魔物避けとしては十分強力でな」
そこまで言って、彼はふとジントを見た。
「……そういや兄ちゃん」
「え?」
「さっきの力、珍しいな。月属性なんて噂にしか聞いたことないよ」
空気が少し静かになる。
ジントは僅かに視線を逸らした。
まだ誰かに
“月の一族”や“月蝕の子”を軽々しく話す気にはなれない。
だがその前にダイチが笑いながら口を開いた。
「ジントすごいやろ〜! 治癒とかめっちゃ得意やねん」
「おいダイチ……」
「実際助かったしなぁ!」
若い商人も勢いよく頷く。
「マジで命の恩人だって!」
その真っ直ぐな感謝に、ジントは少しだけ目を丸くした。
恐れられるのではなく、避けられるのでもなく、純粋に
“助けてくれてありがとう”
と言われる。
そんなこと、昔の自分には想像もできなかった。
「……どういたしまして」
小さく笑う。
それを見たダイチもどこか嬉しそうに笑った。
ーーー
荷物を積み終え、ようやく商人達にも落ち着きが戻ってきた頃。
ダイチが荷台へ縄を結びながら、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういや、おっちゃん達ラディスから来たんやろ?」
「ああ、そうだが?」
初老の商人が頷く。
ダイチは少し嬉しそうに笑った。
「今のラディス、どんな感じなん?」
その言葉にジントも思わず顔を向けた。
2年ぶりの故郷。
知りたい気持ちは同じだった。
「そうだなぁ……」
初老の商人は少し考えるように顎を撫でる。
「周辺に魔物が増えたりはしてるが、街自体は比較的平和だよ」
ジントはほっと小さく息を吐いた。
ダイチもどこか安心したように笑う。
「そっかぁ」
「ただ……」
商人は少しだけ眉をひそめた。
「最近は教会の連中がやたら表に出てくるようになったな」
「教会?」
ハヤトが静かに反応する。
「ああ。道端で説教したり、“太陽神の導きが〜”とか何とか」
眼鏡の商人が苦笑混じりに肩を竦めた。
「布教っていうのか? 前よりかなり活発になってる」
「町長も頭抱えてたよ」
若い商人も続ける。
「『街の雰囲気が変わるのは困る』って愚痴ってました」
「……」
ハヤトとジュウタロウが僅かに視線を交わした。
帝国。
教会。
禁書。
ここ最近の出来事が脳裏を過る。
偶然とは思えなかった。
ハヤトは表情を変えないまま頷いた。
「なるほどな」
その空気を変えるようにシュンタが荷台を覗き込む。
「おっ、なんやこれ?」
木箱の中には見慣れない干し肉や木の実の瓶詰めが入っていた。
「ああ、それ西方の保存食だよ」
「へぇ〜!」
シュンタの目が輝く。
「うまそうやん!」
「そっちは東海岸の塩漬け魚な」
「マジで!?」
今度はダイチまで食い付いた。
「ラディス帰ったら買えるかなぁ!」
「お前達本当に食べ物好きだな……」
ジュウタロウが呆れたように息を吐く。
そんな5人を見て初老の商人はふっと笑った。
「助けてもらった礼だ。少し持っていきな」
「えっ、ええの!?」
「もちろんだとも」
若い商人も勢いよく頷く。
「命助けてもらったんですから!」
「やったぁ!」
シュンタが嬉しそうに両手を上げる。
ダイチも子供みたいに笑っていた。
その横でジントは静かにその光景を見つめる。
昔なら、人に感謝されることも、こんな風に笑い合うことも、自分には縁のないものだと思っていた。
けれど今は違う。
胸の奥がじんわり温かかった。
「……ありがとう」
小さく呟く。
それが商人達へ向けた言葉なのか、
隣にいる仲間達へ向けた言葉なのか、
自分でもよく分からなかった。
やがて別れの挨拶を交わし、5人は再び馬へ跨る。
「気ぃ付けてなー!」
シュンタが大きく手を振る。
「そっちもな!」
商人達の声が森へ響いた。
少しずつ日が傾き始める。
木々の隙間から差し込む夕陽が、長い影を地面へ落としていた。
5人は静かな森の道を、南へ向かってゆっくり馬を走らせていく。
その先にある、懐かしい故郷へ向かって。
コメント
3件
ラディスが平和で良かったけど、教会が変になったのは、やっぱり、、、 続きがとても気になります!とても楽しみにしてます♪
はる。です!今回は商人たちとの交流がじんわり温かくて、すごく良かったです。特に「助けてくれてありがとう」って純粋に言われて、昔の自分には想像できなかったってジントが思うところ……グッときました。仲間と笑い合える今のジントの姿、成長感じます✨ ラディスの教会の動きも気になるし、この先の展開がますます楽しみです!comiさんの描くキャラの距離感、すごく好きだわ🔥