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相談室のドアが開いたとき、入ってきたのは真面目そうな子だった。 髪も整っていて、制服の着こなしもきっちり。けれど、その目の奥には眠れない夜の影が張りついている。
「……勉強のこと、なんですけど」
「お、王道テーマだな。で、宿題が多いとか?」
「違います。……親が、ずっと“期待してる”って言うんです。いい高校に行って、いい大学に行ってって」
彼女の声は淡々としているけれど、指先が小さく揺れていた。
「だから頑張ってきたんですけど……最近、友達に“お前は勉強できていいよな”って言われるのが、すごく苦しくて」
「苦しい? 普通は褒め言葉だろ」
「違うんです。“できるやつ”って見られると、弱音吐けなくなるんです」
彼女の言葉に、蓮司は小さく笑った。
「なるほどな。“強い役”を押しつけられてるわけだ」
「……そうかもしれません。友達が“テストやばい”って言うときも、私は“がんばろう”って返すしかなくて……本当は私だって“つらい”って言いたいのに」
彼女の声が、少し震えた。
「……全部、親の期待に応えなきゃって思ってきたから、友達に弱音吐いたら、なんか“裏切り”みたいな気がして」
静かな間。蓮司は机に肘をつき、彼女を見据えた。
「裏切り? バカ言え。裏切ってんのは親でも友達でもなくて――“自分”だろ」
「……自分、ですか?」
「弱音を封じて、本当の気持ち捨ててる時点で、お前は自分を一番雑に扱ってる。……だから苦しいんだよ」
彼女はハッとしたように目を瞬いた。
「親に応えるのもいい。友達に合わせるのもいい。でもな――その前に、“自分がどれだけ持つか”を一番に考えろ。壊れたら誰も責任取らねえ」
「……そうですよね。ほんとは、誰も代わりになってくれないのに」
彼女はようやく少し笑った。
「……私、ちゃんと“疲れた”って言ってみます。親にも、友達にも」
「そうしろ。お前が勝手に無敵キャラ演じ続けたら、周りも“平気なんだ”って勘違いするだけだ」
椅子から立ち上がる彼女の背筋は、来たときよりもほんの少し柔らかくなっていた。
「ありがとうございました。……ちょっと、気持ちが軽くなりました」
「軽くしとけ。勉強は重いんだからな」
ドアが閉まったあと、蓮司はひとり呟いた。
「“できるやつ”って役を演じるのも大変だよな……。ま、俺は演じたことないけど」