テラーノベル
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相談室のドアが開いたとき、入ってきたのはジャージ姿の子だった。 肩からは部活用のバッグ。椅子に座るや否や、深いため息をつく。
「……もう部活、辞めたいんです」
「いきなりストレートだな。ケガでもした?」
「違います。……単純に、もうやる意味がわからなくなったんです」
彼女は握りしめた拳を机に置きながら続けた。
「みんな“全国行こう”って燃えてるけど……私、そこまでの情熱なくて。練習もただきついだけだし、将来その道に進むつもりもない。……でも辞めたら“裏切り者”って思われそうで」
蓮司は肩をすくめる。
「あるあるだな。“好き”より“義務”で続けてるやつ」
「……私、ずっと部活がアイデンティティみたいになってたんです。部活がなきゃ、友達ともつながれないんじゃないかって」
「ほー。つまり辞めたら“居場所が消える”ってことか」
彼女は黙って頷いた。
「いいか。部活ってのは“箱”でしかない。その箱に自分を合わせすぎると、箱がなくなった瞬間に自分も消える」
「……じゃあ、どうしたら」
「簡単だ。箱を抜けても壊れない“自分”を作っとけ。趣味でも、勉強でも、くだらねえ遊びでもいい。……部活だけに自分を全部預けんな」
彼女は少し目を伏せる。
「……でも、辞めたらみんなに嫌われそうで」
「全員に嫌われねえ方法なんてない。逆に言うと、辞めたくらいで全部切れる関係なら、最初から本物じゃねえ」
彼女の表情が揺れる。
「……でも、怖いです」
「怖くて当然だろ。居場所を変えるのは勇気がいる。けどな――“やりたくないことを続ける勇気”より、“やめる勇気”のほうがよっぽど価値ある」
しばらく沈黙。
やがて、彼女は小さく笑った。
「……少し、気が楽になりました。辞めるかどうかはまだ決められないけど、考えてみます」
「考えろ。誰かの夢のためにお前の時間使ってやる義理なんかねえからな」
立ち上がる背中は、来たときよりも少しだけ軽く見えた。
ドアが閉まったあと、蓮司はつぶやく。
「“続ける理由”より“やめられない言い訳”で縛られてるやつ、結構いるよな……」
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