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昼休み、教室の真ん中で誰かが叫んだ。
「ねぇ、リップ落とした!」
声の主は、いつも遥に仕事を押しつける女子だった。机の上に乗って周囲を見回し、わざとらしく眉をひそめる。
「ねえ、あんた足元見て。探して」
名前では呼ばれない。遥は頷き、床に膝をつく。机の下、ロッカーの隙間、ゴミ箱の底。ほこりと紙くずで指先が黒くなっていく。
その間、周りの笑い声が広がっていった。
「まだ見つけられないの?」
「そんな必死になること?」
「可哀想っていうか……笑えるよね」
見つけるまでやめられない空気。遥が立ち上がれば、「もう諦めるの? 人の大事なものだよ?」と冷たい視線が飛んでくる。
結局、リップは見つからなかった。
諦めた瞬間、持ち主の女子がポケットからそれを取り出す。
「ほら、あったわ。机の中にあった」
何食わぬ顔で唇につけるその仕草を、周囲は楽しげに眺めている。
午後の体育では、その延長戦のようにペアが組まされる。
「こいつ、さっきのリップ探し係だから、ボールも全部取りに行ってもらお」
笑いながら遠くへ飛ばすボール。遥は必死で追いかける。戻ればもう一つ投げられ、息が上がってもやめられない。
最後には、全員で遥の周囲に輪を作る。
「ほら、次はあれ拾って」
誰かがわざとシューズの中敷きを抜き、床に放り投げる。
遥はそれを拾うために膝をつき、視線を上げられないまま、汗とほこりの中に沈んでいく。
——努力すればするほど、彼らの退屈は満たされる。
それが唯一の役割であるかのように。