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コメント
1件
うわ、すごく引き込まれる1話でした。冒頭から「人は壊れる瞬間を知らない」って一文で既に背筋が冷えたし、歩道橋のシーンの「綺麗だなと思ったのに胸が動かない」って描写が細かくて怖かったです。自分だけ感覚がおかしくなっていく感覚、すごくリアルに伝わってきました。黒いフードの人物が「君だけじゃない」って言うのも、単なる個人の異常じゃなくて街全体に広がる何かを感じさせて、続きが気になります。優芽がどんなふうに巻き込まれていくのか、すごく楽しみです。
人は、自分が壊れる瞬間を知らない 。
昨日まで笑っていた人が、今日には笑えなくなっていることもある。
昨日まで夢を語っていた人が、明日にはその夢を諦めていることもある。
人生は予想外の出来事の連続だ。
だから人は未来を恐れながらも、どこかで「自分は大丈夫だ」と思っている。
不幸は自分には関係ない。
事件はテレビの向こう側の話。
そんなふうに。
この街の人々も同じだった。
少なくとも、少し前までは。
◆
六月の終わり。
空は曇っていた。
雨が降りそうで降らない、どこか落ち着かない天気だった。
駅前では学生たちが友達と笑い合い、会社員たちは忙しそうに改札を抜けていく。
商店街では店主たちの威勢のいい声が響き、公園では子どもたちが走り回っていた。
どこにでもある街。
特別なものなど何もない。
平凡で、退屈で、穏やかな街だった。
だからこそ誰も気付かなかった。
異常がすぐそばまで迫っていることに。
◆
最初はただの噂だった。
「最近さ、変な話聞かない?」
放課後の教室。
何人かの生徒が机を囲みながら話していた。
「また都市伝説?」
「違うって。なんか感情がなくなる病気みたいなやつ。」
「なにそれ。」
「急に笑えなくなるんだって。」
「怖。」
「しかも病院でも原因不明らしい。」
誰かが笑った。
馬鹿馬鹿しい。
そんな病気があるわけがない。
結局、その話は数分で終わった。
だが数日後、別の学校でも似たような噂が流れた。
さらにその数日後には、ネット上でも話題になっていた。
感情が消える。
人格が変わる。
誰かに操られる。
寿命が見える。
信じる者はいない。
しかし否定できる者もいなかった。
◆
夜。
街外れの歩道橋。
一人の少女が立っていた。
制服姿の高校生だった。
手すりにもたれながら、ぼんやりと車のライトを眺めている。
その目には光がなかった。
「綺麗だな。」
そう思った。
確かに思ったはずだった。
けれど胸は何も動かなかった。
感動しない。
嬉しくない。
楽しくない。
ただ頭の中でそう認識しただけだった。
まるで自分が機械になったような感覚。
少女は胸を押さえる。
最近ずっとおかしかった。
友達と話しても楽しくない。
好きだった音楽も響かない。
家族と話しても何も感じない。
なのに周りは普通だった。
誰も気付いていない。
自分だけがおかしい。
「なんで……」
声が震える。
その時だった。
「それが始まりだよ。」
背後から声がした。
少女が振り返る。
そこには黒いフードを被った人物が立っていた。
顔は見えない。
男か女かも分からない。
ただ異様だった。
少女は思わず後退る。
「誰……?」
返事はない。
黒い人物は静かに近づいてくる。
一歩。
また一歩。
雨の匂いを含んだ風が吹いた。
「君は選ばれた。」
低い声が響く。
「症候群に。」
少女の心臓が大きく脈打つ。
意味は分からない。
だが恐ろしかった。
本能が危険を告げている。
逃げなければならない。
そう思うのに身体が動かない。
黒い人物は少女のすぐ前で立ち止まった。
そして小さく笑った。
「安心して。」
その声はどこか楽しそうだった。
「君だけじゃないから。」
◆
翌朝。
その少女は姿を消した。
家族にも何も告げず。
スマホも置いたまま。
まるで最初から存在しなかったかのように。
警察は捜索を始めた。
事件か家出か。
結論は出ない。
やがてニュースは別の話題に埋もれ、人々は忘れていく。
いつだってそうだ。
他人の不幸は長続きしない。
だが、その失踪は始まりに過ぎなかった。
同じような出来事が何度も起きる。
理由のない自殺。
原因不明の失踪。
説明できない異常行動。
そして、その裏にはいつも一つの言葉があった。
――症候群。
誰が言い始めたのかは分からない。
本当に存在するのかも分からない。
それでも噂は広がり続ける。
静かに。
確実に。
人の心を蝕むように。
◆
そんな異常が広がっていることなど知らずに、一人の少女が朝の通学路を歩いていた。
肩まで伸びた髪を揺らしながら、友達から届いたメッセージを見て小さく笑う。
名前は優芽。
ごく普通の高校生。
特別な力もない。
特別な悩みもない。
どこにでもいる少女だった。
この時の彼女はまだ知らない。
自分がやがて「感情侵食症候群」と呼ばれる異常に巻き込まれることを。
大切なものに心が動かなくなることを。
そして、この街に隠された真実へ足を踏み入れることを。
優芽は何も知らないまま校門をくぐる。
それはいつもと変わらない朝。
けれど――
彼女の日常が終わる日は、もうすぐそこまで迫っていた。