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高いところに生ったオレンジを見上げる瞳はきらきらと輝いて、吸い込まれそうにきれいだった。
きっと毎年この季節を楽しみにしているのだろう。お腹の中にいた頃からの好物であるオレンジを食べるとき、一体どんな反応をするのか気になった。
「お母さまがとってきてあげる」
「えっ!? 庭師のおじちゃん呼んでこようよ」
「でも近くに見当たらないから裏庭にでもいるかもしれないわ。呼びに行くより早いわよ。心配しなくても大丈夫、お母さま昔から木登り得意なの」
引き留められる前に木の幹に手と足をかける。すいすい登っていくと「うわーすごい!」と素直な称賛の声が聞こえてきた。
でも本当は木登りなんて子供のとき以来していないから、思っていたより大変だ。
どうにかして色づいたオレンジをもぎとる頃には、少し息が上がっていた。
「とれたわ。落とすからちゃんと受け取ってね」
真下に移動したのを確認して、オレンジをそっと手放す。
上手くキャッチできたようで、満面の笑みで見上げてきた。
「お母さますごいね!」
「でしょう? 木登りならあなたのお父さまより上手なのよ」
正直を言うと、グウェンダルは木登りをするようなヤンチャな子供ではなかったというだけのことだ。外を駆け回り木を登りと好き放題するメリーティアを、いつも見守る役目だった。
「でもお母さま、下りられる?」
「大丈夫よ。ちょっと待ってて……」
下のほうにある枝に足をかけようとしたとき、「メリーティア!」と鋭い声が響き渡った。
グウェンダルだ。
木の上にいるメリーティアを見つけて一目散に駆け寄ってくる。
彼の姿を目にするとなぜだか胸が苦しくなった。
グウェンダルに向かって無意識に手を伸ばした瞬間、足がずるりと木の皮をすべる。
落ちる、と思ったが怖くなかった。
焦った顔のグウェンダルに受け止められる。
彼の体温と香りを感じたそのとき、もっと近づきたくていてもたってもいられなくなり反射的に縋りついていた。
自分の身体に彼の香りをまとわせるようにぎゅうぎゅうとしがみつく。
そうすると胸の内側で燻っていた不快感のようなものが消えていった。
「はあ……何をしているんだ」
「オレンジをとってたの」
「そんなに抱き着かれたら苦しい。……怖かったのか?」
抱き着いたときの反応が親子でいっしょなことに気づき、くすりと笑みがこぼれた。
「ううん、グウェンダルに会いたくて」
「毎日顔を合わせているだろう」
「あら、毎日会いたくて恋しいと思っちゃだめなの?」
「……だめじゃないが」
メリーティアに甘いところは何年たとうと変わらないらしい。
よくよく見てみると、記憶の中にいる彼よりもさらに落ち着いた雰囲気になっていて、大人の渋さもほんのわずかに混ざったように感じた。若いときよりもっと魅力的になったとも言える。
年を重ねた彼はこんなふうに変化するのかと考えると、形容しがたい愛しさがつのった。
「ねえ、昔もこんなことがあったの、あなたは覚えてる?」
「覚えてる。あのときは、木から落ちた君の下敷きになることしかできなかった不甲斐ない自分を。次に同じことがあったら受け止められるように鍛錬に励んだからな」
「そうだったの? でも不甲斐なくなんかなかったわ。おかげでわたしは無傷だったもの。ふふっ、あのときグウェンダルにけがを負わせてしまったから、わたしはお父さまとお母さま、それからお兄さまにまでこっぴどく叱られたのよね」
「今度は私が叱る番だ。もう木登りはやめてくれ。心臓に悪い」
「あははっ、ごめんなさい」
下ろしてもらうと、オレンジを手に持った子が心配そうに近づいてくる。
その丸い頭をよしよしと撫でてやった。
「グウェンダルはどうしてここに?」
「この子がメリーティアのことを起こしにいくと言ったきり帰ってこないから、何をしているかと捜しにきたんだ」
「ふたりはこんな朝早くから何をしていたの?」
「いつもどおり剣の扱い方を教えていた」
グウェンダルが彼の父にしてもらったように、子に訓練をつけているらしい。
その様子を想像するのはかんたんだったのに、不思議と上手くイメージが浮かばなかった。
グウェンダルはいつもどんな表情で子供と接していただろうか。
厳しい顔? 優しい顔?
ときどき、ふたりの顔にもやがかかったように見える。
表情がよくわからなくて困ったが、気づかないふりをした。
「せっかくだからオレンジ剥いてもらいましょうね」
「うん! お父さまもオレンジいっしょに食べよう」
「ああ、ありがとう」
あたたかくてやさしい時間が流れていく。
何げない日常の一瞬のことなのに、かけがえのないもののように感じられた。