その後二人は、夕食を食べに外へ出た。
凪子は夫に夕食は食べて帰ると伝えてあるので、今夜は心置きなく外食を楽しめる。
二人は、信也の家から歩いてすぐの場所にあるフレンチレストランへ向かった。
そこは信也のお気に入りの店らしい。
この店のフランス人シェフが大の日本好きで、シェフ自ら日本各地を巡って日本の食文化に触れていた。
だから、店で出す料理には出汁や味噌を積極的に取り入れたメニューも多い。
この日のメインは子羊のロースト、それにフランス風茶碗蒸しや牡蠣の味噌グラタンなどどれも絶品だった。
二人はワインと食事を楽しみながら楽しい会話を続けた。
凪子はここ最近ずっと緊張状態が続いていたので、久々にリラックスした夜を過ごす事が出来た。
食事を終えて店を出ると、信也がタクシーを呼んでくれた。
タクシーが来るまでの間、二人は店の前にあるベンチへ座ってお喋りを続ける。
「引っ越しはいつ頃?」
「うーんと、まずは引っ越し業者を選ばないと。それから夫の帰りが遅い日に来てもらい見積もりを出してもらうわ。とにかく
これ以上もう耐えられないから一日も早くあの家を出られるように頑張るわ」
「そっか。で、旦那に未練は?」
「そんなものある訳ないじゃない。だってあの二人が交わっている写真を見ちゃったのよ。おまけに声まで…。だからもう同じ
空気を吸うのも嫌なのよ。それなのに私ったら今もアイツのパンツを洗ってるのよ? 信じられる? どれだけストレスがかか
っているかわかるでしょう?」
「そっか…まあ確かにそんな環境にいるのは辛いよな。早く一人になれる事を祈るよ。俺で役に立つ事ならなんでもするから遠
慮なく言えよ」
「ありがとう。破格の家賃でマンションを貸してくれるだけで大助かりよ! それに憧れの街に住めるんですもの。一人になる
のが楽しみになって来たわ」
「ハハッ、それなら良かった!」
そこでタクシーが目の前に停まった。
「今夜はご馳走様。とっても美味しかったわ。じゃあまた仕事の件で来週ね!」
「ん…おやすみ」
信也がタクシーのドアを閉めてくれる。
そして車の中から手を振る凪子に信也も手を振り返した。
タクシーが凪子のマンションに着くと、既に午後11時を過ぎていた。
凪子が鍵を開けて家に入ると、良輔はまだテレビを見ながら起きていた。
「ただいま」
「おかえり。お芝居どうだった?」
「うん、お芝居なんて久しぶりだから凄く楽しかったわ」
凪子はそう言うと、時計やアクセサリーを外しながら一度寝室へ行く。
そして、着替えを持って戻って来ると、
「シャワー浴びて来るわね」
凪子はバスルームへ向かう途中、キッチンをチラリと見る。
キッチンのシンクには、宅配ピザの箱が無造作に置かれていた。
良輔は今夜ピザを頼んだらしい。
(あの女に会いに行かなかったのね)
凪子はそう思いながらバスルームへ向かった。
凪子がシャワーを浴びて戻って来ると、良輔はまだ起きている。
「寝ないの?」
「うん…」
良輔は立ち上がると歩いて来て凪子を抱き締める。
その瞬間凪子に鳥肌が立った。
「まだアソコは治らないのか?」
「え? あ、うん…まだ駄目みたい。ごめんね…」
「そっか…でもちょっとくらいならいいんじゃないか?」
良輔はそう言って凪子のパジャマをたくし上げると中に手を滑り込ませる。
そして胸をまさぐり始めた。
「ダメよ! やめてっ!」
「ちょっとくらいならいいだろう? この前みたいに口でしてくれよ!」
その瞬間凪子は吐き気を催した。
絵里奈の淫らな身体に入ったソレを咥えろと? この男は何馬鹿な事を言っているのだろう。
妻を舐めるのもいい加減にして欲しい。
折角信也との語らいで良い気分に浸っていた凪子の心が急に冷たい氷のように変化した。
凪子は引きつった笑みを浮かべながら、やんわりと良輔の手を振りほどくと言った。
「ワインを飲み過ぎて眠いのよ…勘弁して…」
凪子はわざと大あくびをすると、
「先に寝るわね」
そう言い残して寝室へ向かった。
寝室へ行きベッドに入った凪子は、スマホを手にすぐに『なつみんブログ』を開く。
そして引っ越しの際の注意点の項目を読んだ。
【引っ越しは秘密裏に進めて下さい。引っ越しを終えるまでは絶対に夫にバレないように注意しましょう。それは夫婦間での言
い合いを避ける為でありあなたの身を守る為でもあるのです。
引っ越し業者には夫に内緒で引っ越す事をちゃんと伝えましょう。昨今の引っ越し業者は、様々な引っ越しを経験しているプロ
です。夫のDVから逃れる妻や、借金を肩代わりさせられてやむを得ず逃げる弱者などの引っ越しにも慣れています。
ですから恥ずかしがらずにきちんと伝えれば、迅速に最良の方法で荷物を運び出してくれます。そして引っ越し業者には、引っ
越し先の住所を誰にも教えないで欲しいとお願いする事を忘れてはいけません。何度も言いますがこれは重要な事です。引越し
先は絶対に夫に知られないよう注意して下さい】
凪子は今、夫に行為を求められた事で一刻も早くこの家から引っ越そうと決断した。
幸い、信也からは新居の鍵を既にもらっている。部屋もクリーニング済なのでいつでも入居可能だ。
とにかく最短で引っ越しを出来る業者を明日中に探す事にした。
そして一日でも早く引っ越しを決行する。そう決意した。
それと共にもう一つやらなければいけない大事な事があった。
それは良輔と凪子の結婚式の仲人をしてくれた良輔の上司でもある営業部長の堀内に、離婚についてを伝える事だ。
凪子は堀内に、離婚の事と良輔の社内不倫についてを全て話すつもりでいた。
離婚の事を話せば、必ず離婚理由を聞かれるだろう。
それには良輔と絵里奈の社内不倫の事を話さなければならない。
凪子は全てをありのままに堀内へ話す覚悟を決めていた。
それに凪子が引っ越したとしても、二人は同じ会社で働いているのだ。
どうやったって、凪子が良輔と社内で顔を合わせる事は避けられない。
その時の為に、第三者に二人の関係を知っていてもらう必要があった。
凪子は今後良輔を無視する事に決めているが、良輔の方が凪子に詰め寄ってくる可能性がある。
その時は、堀内に助けを求めようと思っていた。
良輔の直属の上司だ。堀内から注意をしてもらえば良輔だって凪子に手出しは出来ないはずだ。
その為にも、堀内には全てを知ってもらうつもりでいた。
凪子は何度も頭の中で離婚のシュミレーションを重ねた。
そして完璧にイメージが掴めるようになった時、凪子は紀子へメッセージを送った。
【そろそろ離婚へ向けて動くわ! スタンバイよろしくって紘一さんに伝えて!】
数分経ってから紀子から返信が来た。
【了解! 健闘を祈るわ!】
【ありがとう!】
凪子はホッと息をつくと、これから始まる戦いに向けての英気を養う為に、目を閉じて深い眠りへと落ちていった。
コメント
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どこまでも自分本位で勝手な良輔に腹が立つ😠💢 自分の体が本調子でなかったらHなんてしたく無いだろうが‼️なんて自分勝手な男💢💢 証拠も揃ってあとは会社に伝えて引越し、と流れはスムーズだけど、どうも絵里奈と佐紀が気になる😫💧杞憂に済んで欲しい…