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動物は人間に感知出来ないものを感知するというが、うちで飼っている黒兎も霊感持ちなのではないかと思った出来事がある。




翌日が休日の時は夜中まで夫とゲームをするのが日課で、その日もいつも通り夫とゲームをしていた。


お菓子を広げて至福のひと時を堪能していると、隣のケージの中で黒兎が突然足ダンを始めた。


兎の足ダンは、周囲の仲間に危険を知らせる時や怒っている時の行動である。


うちの黒兎の場合は私情で怒っていると顔で分かるのだが、今回のは玄関の方向に耳を向け、明らかに危険を知らせる時の反応だった。


一応私も夫も霊視したが特に何も感知せず、近隣の住人の生活音でも拾ったのだろうと思ってなだめていたが、黒兎は珍しく大きな音で「プ〜ゥ」と鼻を鳴らしてなかなか落ち着かない。


流石に変な反応だと私と夫は顔を見合わせた。


「なんか感知してるね、多分」


「なんだろうね、今のところ近くには何もいないと思うけど」


仕事やゲームなどで集中したい時は基本的に霊感スイッチを切っているので、霊に近寄られてもあまり反応することはない。


同じ部屋で寝ている娘も健やかに眠っている。


まあ大丈夫だろうと黒兎をなだめつつ放置して深夜までゲームを楽しんだ私達は、0時を回った頃に「明日も用事があるから早起きしなきゃいけないし、もうそろそろ寝よう」と寝支度を整え始めた。


黒兎はその間もそわそわと玄関の方に耳を向けている。


私は寝る前のルーティンでトイレに向かう。


玄関の目の前にトイレがあるのだが、リビングから玄関へ繋がるドアを開けようとした時、寝室から警告音のように大きな足ダンが響いた。


玄関にトイレ、ついでに外も確認したが、何の気配もない。私は普通に用を足して手を洗って寝室に戻った。


戻った私を妙に警戒した顔で見上げる黒兎をよそに、夫の隣に寝転がる。


さあ寝ようと目を閉じた時、初めて異変に気付いた。



まだ夢の中にも入っていない、ただ軽く目を閉じただけの状態なのに、目の前に男の子が視える。


それも私の手を握っている。


男の子は気味の悪いほどの笑顔で私の手を引いて、何処かに向かっているようだった。


ゾワッと背筋に悪寒が走る。


笑顔以外の見た目はごく普通の男の子だが、直感で「こいつは危険な奴だ」と判断して、早急に瞼を開こうとする。だが、全く動けない。


ここで初めて、久々に金縛りに遭っているのだと気付く。


いつもなら自力で解けるのに、今回の金縛りはかなり強くて解けない。


焦っても仕方ないので、まずは慎重に相手の行動を伺う。


男の子の顔を確かめようと覗き込んで、思わず固まってしまった。


10歳くらいの男の子だったはずの顔がぐにゃぐにゃと歪み、青年や老人など様々な男性の顔が目まぐるしく生成されて定まらない。


どれも貼り付けたような不気味な笑顔だった。


幾度も金縛りを解こうと試みたが、隙がない。


私の手を引き何処かへ向かいながら、しきりに目を合わせようとしてくる。


これはついて行ったらダメなやつどころか、長時間目を合わせたらダメなやつだ。


気配で危険度を察知していたが抵抗も虚しく、ついに目的地まで着いてしまった。


古めかしい木造の旅館が視界に映る。


旅館の出入り口には、黒い喪服のような着物を着た女が立っていた。


おかっぱを少し長くしたような真っ直ぐな黒髪で、目元は前髪に隠れて見えない。


気配からして、私の手を引いていた男の子よりも強いのは明確だった。


うちの黒兎が反応していた気配はこの女の方だったんだなと直感が告げた。


女の口元は終始微笑んでいる。紅色のリップがやけに印象的だ。


ここに入ってはいけない気がして立ち止まろうと試みても、やはり自分の意思では足も動かない。


正直今までの心霊体験では、生身の体が金縛りに遭っても幽体離脱した状態の、所謂『幽体』だと動けるパターンが多く、普段自力で対処出来ない場合は幽体で守護達に助けを求めていた。


私のヘルプサインに真っ先に気付くのは鬼の兄貴(以後エピソードに出て来る頻度が高そうなので『S兄』と呼ぶ)と、短い髪も肌も服装も見事に白ずくめの男(こちらもよく出てくるので『N』と呼ぶ)なのだが、珍しく呼び掛けても反応がない。


それどころか憑いている守護達と一切の音信不通状態で、まるで完全に空間ごと遮断されているようだった。


「あっ、これはダメだ。下手したらそのまま生身が死ぬやつ……」


男の子が途方に暮れる私の背を押し、どんどん旅館の奥へと進んで行く。


女が先を進み、長い木造の廊下を渡って大広間へと向かう。


大広間に足を踏み入れた瞬間、急にパッと束縛していたものが解けたように幽体が動くようになった。


「今だ!」と瞬時にS兄とNにヘルプサインを送り、背後の顔が歪んでいる男の子の手を振り解いて天井へと飛び上がった。


もちろん実体では出来ないが、幽体状態だと速度は遅いがある程度飛べる(他の人達がどうかは知らない)ので、狙われて逃げる時にはよく空中浮遊する。


しかし飛び上がった先の天井に抜け道もなさそうで、大広間を見下ろせばびっしりと赤子達が床を這っていた。


あくまでも個人的な感想だが、私は赤子の霊体が一番嫌いなので、全身鳥肌だらけで絶叫しながら天井に貼り付いた。


それを見た女は私を指差しケタケタという表現が似合いそうな笑い声を上げる。


なんでこんな所に連れてこられたのか、全く理解出来なかった。


子供狙いなら娘を狙うはずなのに、何故私を引っ張って来たのだろうとあれこれ考えたが、大広間の赤子との共通点も分からず私は頭を抱えた。


その時Nからの応答があり、向こう側から引っ張り戻して欲しいと頼んだ。


直後、グイッと幽体を引っ張られる感覚がしてーーーーーー本来ならそこでパッと肉体的に目が開いてめでたしなのだが、途中で横槍が入った。


肉体に戻る最中に女が私のシルバーコードを握り、経路を遮断したのだ。


私は幽体のまま弾かれ、Nの焦った声が遠くで聞こえた。


幸いにもあの変な旅館からは脱出していて、自宅のリビングまでは到着していた。


ダン!ダン!ダンダン!!と寝室から黒兎の加速する足ダンが響いている。


早急に肉体に戻ろうと幽体のまま寝室に入って、私は再び固まった。


生身の時と違い、幽体だと真っ暗な景色でもシルエットや色を判別出来るようなのだが、明らかに寝転んでいたはずの『生身の私』が上半身を起こしている。


ぎょっとして幽体にはないはずの血の気が引いた。


『生身の私』は目もがっつり開けていて、私を見るなり指を差し、ケタケタとあの女にそっくりな笑い声を上げた。


身体を乗っ取れた事が嬉しかったのか、勝ち誇ったように気味の悪い笑い方をしていて、それに反応して黒兎が未だかつて無いほど怒り狂った様子で『生身の私』に向かって足ダンを繰り返している。


黒兎が『生身の私』の中身が私か否かを判別出来ている事に迂闊にも感動してしまったが、それどころではない。


幽体離脱していない状態でただ憑依されるならまだ良いが、今回のは違う。守護達も自分自身も生身から離れた状態で主導権を取られたのだ。


私の生身の中にあの女しかいない状態というのはかなり不味い。好き勝手動けるのだから、下手をすれば夫や娘はもちろん、黒兎も危ない。


「おいーーー!守護の皆は何処行ったーーー!?」と叫ぶ私。


半ばパニックになりつつ、いつも憑依している守護達に招集を呼び掛け引っ張れば、全員ではないもののNを含めた5名が一斉に戻って来た。


聞けば最初こそ普段通りに憑依していたが、私が戻って来るのと同時に強い力で弾き出されて遠くに吹っ飛ばされたそうな。


守護以外で滅多に主導権を取られる事はそうある事ではないので、皆驚いたらしい。


女は不慣れな様子で私の手を動かし、どの神経を使うと何処が動くのかを確かめるような動きをしていた。


カクカクとした不気味な動きで見ていてとっても気持ちが悪い。


ひとまず何か行動を起こす前にと、総勢で女を表面から引きずり下ろす。隙を見て私も生身に戻ったのだが、女は引っ込んでもなおケタケタと高笑いしている。だが、表情だけは怒っていた。


守護の1人が即席で肉眼では見えない結界を張って、もう主導権を取られないようにと私をカバーしてくれてた。


表面上から女が消えて私が戻ると、ケージの中の黒兎は足ダンを止めて耳だけこちらに向けて静止する。兎は視力が悪いので音や気配で察知していたのだろう。


それにしても飼い主が憑依された際、周囲に足ダンで危険を知らせるとは、動物の本能は本当に凄いと思う。


表面に戻ってからすぐ寝ている夫を揺さぶった。


「やばい。久々に危ない奴が入ってる。攻撃しても当たらない。表面取られる!助けて」


珍しく素直に助けを求めると、夫は私の背中に手を当て「んー……ここだ」と強い力で叩いた。


それ自体は特に珍しい光景ではないが、夫が一撃を与える前のチャージ時間がいつもより長かった。


霊体があまりにも強いと、すぐにスパーンと攻撃して払えるとは限らないので、ある程度チャージが必要だったりする。チャージ時間が長ければ長い程、相手の霊体が強いという事だ。


ここまでの話でもう既にファンタジー風な表現が多々あるが、私や夫はこれが『普通の光景』である。もちろん危ない霊が全く来ない時は、ごく普通に生活している。


それはさておき、夫の攻撃と呼ぶのか霊圧と呼ぶのか定かではないが、波動みたいなものを受けた女は私に憑依したまま「ぎゃっ!」と短い叫びを上げると、ものの見事に弾けて四散した。


憑依したまま、というとあまりイメージが湧かないかもしれないので補足すると、私や夫は自分に憑依した霊体が自分の体の内側で何をしているのかなど、普通の空間に重なるようにビジョンが視える。


憑依そのものを喩えるなら、着ぐるみ状態ではなく狭いアパートに何人かそれぞれ入居出来る状態だ。


他の生身の人間は着ぐるみ状態が当たり前かもしれないが、何故か私も夫も1人しか入れない着ぐるみ状態ではなく、10人以上は入る事が出来るアパート状態なのだ。


私は時折『自分の表面が変わる』と表現するのだが、アパート状態だと誰も表面を維持出来ないので寝たままになってしまう。下手すると呼吸の役割もしなくなって死に至るので、それを回避する為に操縦室のような空間があり、守護達か自分自身の誰かがそこの部屋に常に1人は居座っている。


憑依経験のある人や多重人格の人になら、この感覚は何となく分かるのではないかと私は思う。


私の表現だと多重人格なのでは?と言われる事も多いが、視える人だとはっきり憑依だと分かるらしい。私の顔に守護の別の個体の顔が重なって視えたり、守護が外に出たら個々に霊体として視えるそうだ。


おそらく過去の数ある心霊体験のせいかもしれないが、一体いつからその状態なのか私はよく分かっていないし、他の視える人に言ってもあまり理解されなかったので、私は夫が同じ感覚を持っているのを知って最初かなり驚いた。


ちなみに夫の場合は明確にいつからと覚えているそうな。



……話は逸れたが女が四散した後、自身の消滅を恐れた男の子は脱兎の如く逃げ出そうとして私の体から飛び出したが、寝室で待機していたS兄にとっ捕まった。


髪を鷲掴みにされてそのままズルズルと引きずられながらリビングの端へと消えて行ったのだが、「話と違う!」やら「こんなはずじゃなかった!!」などと終始喚き散らしているのが微かに聞こえた。


まるで警察に捕まった犯罪者みたいだった。一体あの女にどんな話を持ち出されたのか、謎である。


部屋から危ない奴が消えたことで、黒兎は「ブッブッブッ」としばらく鼻を鳴らしていたが、私が表面の状態で手の匂いを嗅がせて頭を撫でると少し安心したのか目を細めていた。


もしかしたら憑依された状態だと気配はもちろん、匂いも変わるのかもしれない。


黒兎が落ち着いたのを確認してからようやく私も就寝出来る状態になった。


あれこれ格闘していたら、いつの間にか深夜の2時を回っていた。


夫は既に就寝していて、娘と夫の寝息、それから黒兎の「ブッブッブッ」という独り言が聞こえた。


いつも通りの平和な深夜を取り戻して、変な奴が他にいないかどうかを再度確かめる。


こうしてイレギュラーな夜を過ごした翌朝。


案の定、私は寝坊した。


まだ休日だったから許せるが、仕事の日だったら確実にブチ切れていたと思う。




……さて冒頭の話に戻るが、この件で黒兎について改めて少し分かった事がある。


黒兎はやはり霊体を感知するだけでなく、視えているようだ。


ただし悪影響を及ぼす霊体が来た時しか反応はしない。


しかもその反応は「なんか来た!助けて!なんかいる!どうにかして!!」というヘルプサインだけで、本兎が生命力やらエネルギーやらで祓える訳ではない様子。


もし娘が留守番中に危ない霊体が来てしまったら、きっと黒兎は娘にヘルプサインを出すだろうが娘は祓う霊力など皆無なので、なんだか先が思いやられるのであった……。

私が死に呼ばれるまで。

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