え…
がしっ、と両腕をつかまれたかと思うと、綺麗な顔がズイッと近付いてきた。
「おいおいなんだよ、急に押し倒してきて。この俺が誰か知っての仕業か? …もしかして、俺にアピールしたい、とかだったりする?」
「ええ…!?」
「いるんだよなぁおまえみたいな女。俺に曲作ってもらいたいからって、なりふりかまわないヤツ。いいねぇ。じゃ、その度胸に免じて、早速チェックしてやろうか?」
「え…な…っ…ひゃっ…!」
彪斗くんの片手が、腕から離れたかと思うと……
肩の下、脇の下あたりを、ゆっくりと撫ではじめた。
「えっ、やぁ…っやめ…!」
とっさに止めようとしたけど、すぐにつかまって両手首ごと片手で締め上げられてしまう…。
ど、どうして男の子ってこんなに力が強いの…!?
必死で力を出しても、びくともしないよ…!
「は、はなして、ください…! おねがい…やめて…っ」
ブラウスの薄い生地ごしに、
彪斗くんの大きな手が、肌を撫でるのを感じる…。
恥ずかしくて、苦しくて、わたしはほとんどすすり泣くような声でお願いした…。
けど
「へぇ~いいねぇその声。おまえよく聞けば声もいいな。…ほら、もっと鳴けよ、小鳥チャン」
彪斗くんは、どこまでも意地悪だった。
がし、と腰をつかまれて、息が止まる。
悲鳴を上げることもできない。こわい。
だってわたし、お父さん以外の男の人に触られたことなんてないんだもん。
しかも、こんな意地悪な余裕たっぷりな男の子に…!
意地悪な手は、そのまま、腰の下へゆっくり動く。
スカートのプリーツをなぞって、脚にそわり、と冷たい手の感触が―――。
けど
ぴた
手が、止まった。
「はぁ…なんだよ、おまえ…」
彪斗くんが呆れた声をあげた。
「こんなんで、泣くなよ…」
わたしは泣いてしまっていた。あまりのつらさに。
小さな子のようにぽたぽた涙をこぼしているわたしに、さすがの彪斗くんも…
「はぁ?ったく…なんだよ」
たじたじになった。
「お…おまえが大胆なことしてくんのが、悪ぃんだろ」
…してないよ。
彪斗くんが勝手に決めつけただけなのに…。
「ほっそいだけのつまんねー身体のくせに、俺にアピールするなんて百万年はぇんだよ…っ」
「………」
「ああもう悪かった!俺が悪かったよっ! …そんなガキみたいに無防備に泣くなっ…」
ぺち!
急に、火照った頬に冷たい感触を感じた。
かと思うと、指先がそっと涙をぬぐってくれた。
さっきまで、わたしに意地悪をした手が、
今度はやさしく頬を撫でてくれる…。
ちょっと眉間にしわを寄せた綺麗な顔は、
さっきみたいにばかにした表情はしていない。
困ったような、どうすればいいのかわからない、って思ってそうな顔。
いじめっ子が「やりすぎた」って後悔しているような表情を浮かべていた。
ちょっと、からかっただけ、なんだよね…。
なのにわたし、子供みたいに泣いて。
もう高校生なのに。
お父さんみたいに、守ってくれる人もいないのに…。
こんなんじゃ、だめ、だ。もっとしっかりしなきゃ、いけないよね…。
なんだかわたしの方が悪いような気になって、ごめんなさいって、念じながら、彪斗くんをおそるおそる見つめた。
すると
「なんか…やべ」
彪斗くんは、それまでの自信たっぷりな態度と打って変って、ふい、と目をそらした。
「おまえが『特別許可』なの、わかった気がした」
…?
「おい、小鳥」
彪斗くんは、急にまた乱暴な口調に戻った。
「おまえ、名前なんていうんだよ。芸名じゃない、ホントの名前言えよ」
「え…」
がしっ
また両腕をつかまれる。
痛いくらいの強さに、わたしはまた喉がつまってしまう。
「早く言えって。言うまで逃がさねぇぞ」
どう、したんだろう…
さっきみたいな余裕はない感じなのに
今の方が、ずっとこわいよ…。
その時だった。
緊張を打ち壊してくれるような明るいメロディが、急に鳴り響いた。
一瞬、彪斗くんの気が緩んだ。
その隙をついて、どん、と渾身の力を込めて彪斗くんを押した。
突き飛ばすまではいかないまでも、わずかに両腕が解放される。
もう必死だった。
人生史上最高の俊敏さで、わたしは立ち上がって駆けだした!
逃げる場所なんて、どこにもなかったけど。
ひとりぼっちのわたしが行く場所なんて、ひとつしかなかったけど。
校舎に向かって、一目散に駆けた。
きっと、彪斗くんならすぐに捕まえらたはず。
けど、彪斗くんは追ってはこなかった。
「俺から逃げられると思うなよ、小鳥! 必ず捕まえてやるからな!!」
余裕たっぷりの声を聞きながら、わたしは校舎へ逃げ込む…。
白亜のお城のようなそこは、まるで別の世界のようにキラキラ綺麗なのに、もう不安しか感じない。
ああわたし、あんなこわい男の子に目を付けられて…これからどうなっちゃうの…??
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