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放課後の教室。窓の外はすでに茜色に染まりはじめていたが、室内の空気は乾いた笑い声で満ちていた。遥と日下部が、クラスの輪の中心に立たされている。
「なぁ、日下部。お前さ、知らなかったろ?」
ひとりがニヤつきながら声を上げる。その視線は、うつむく遥に向けられていた。
「コイツ、この前、自分で言ったんだぜ。文化祭で女装させられたってよ。泣きながら“ピンクのフリルのスカートでした”とか細かく説明してんの。あれ、腹抱えて笑ったわ」
「マジ? 日下部、想像してみろよ。ステージに立たされて、スカートひらひら。誰も助けねぇし、写真も撮られ放題。で、本人は真っ赤になって震えてんの」
爆笑が教室を揺らした。日下部は思わず遥を見た。彼は唇を噛みしめ、俯いたまま動かない。その姿が、かえって暴露の真実味を増していた。
「でもそれだけじゃねぇんだよな。体育の時間、ローター仕込まれて走らされたこともあるんだってよ。コートの上でブルブル震えながら、顔真っ赤にして走ってんの。自分で『止まってるとバレるから必死に走った』とか言ってんの、ヤバすぎだろ」
「ははは! しかも“日下部に見られたくなかった”って言ってたよな」
「おい、言うなよ、最高にダサいだろ」
机を叩く音とともに嘲笑が続く。遥の指先が小刻みに震えているのを、日下部は見逃さなかった。
「あとさ、家でも役立たず扱いされてんだと。『兄貴に嫌われてる』『親に期待されてない』って、泣きながら言ってんの。マジで惨めすぎ」
「やめろよ……」
日下部が低くつぶやいた。しかしその声は、爆笑と嘲りにかき消される。
「何だ? お前まで泣きそうじゃん。知らなかったんだろ? こいつ、お前のために“全部話した”んだぜ」
「そうそう。お前を守るために“俺が代わりにやるから”とか土下座までしてたしな。見せてやりたいわ、あの鼻水だらけの顔」
日下部の頭が真っ白になった。
だが遥は何も言わない。否定せず、抗わず、ただうつむいたまま。
「極めつけはコレな。“誰も助けてくれなかった”だとよ。真顔で言うから余計笑えたわ」
「当たり前だよな。助けるわけねぇじゃん。友達いねぇんだから」
「お前、友達いたことあるのか? なぁ、日下部。コイツ、自分から“ずっと一人だった”って言ったんだぜ」
「……もうやめろ」
日下部が声を荒げる。
だが笑いは止まらない。
「何だよ日下部。悔しいのか? じゃあ代わりに守ってやれよ? でも無理だろ。お前まで同じにされるの、もうわかってんだろ?」
「そうそう。二人まとめて並べて、同じことやらせたら面白そうだよな」
遥がわずかに顔を上げる。だが、その目は決して日下部を見なかった。まるで「見るな」と言わんばかりに。
「なぁ日下部。お前にとってはどう? こういう惨めな姿。守られて嬉しい? それとも気持ち悪い?」
「……」
「こいつさ、“なんでもするから日下部には手を出すな”って何度も言ってたんだぜ? それで俺ら、余計に日下部巻き込みたくなったんだけどな」
笑いがまた爆ぜた。
遥は、動かない。
その背中は――日下部がこれまで知っていた遥とはまるで違う、ひどく小さなものだった。
そして日下部は悟る。
これまで彼が知らなかった時間、遥はすべてを背負い、自分を守ろうとしていた。
だがその犠牲は逆効果で、いま二人をさらに深い地獄へと引きずり込んでいる。
「――もう、やめろッ!」
日下部の叫びが、笑いの渦にかき消されることはなかった。むしろ、その抵抗さえも彼らの“餌”になっていくのだった。