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放課後の相談室。机の上には、日下部がまだ解いていない課題プリントが広がっている。
そこへ、ためらうようなノックが響いた。
「……入れ」
入ってきたのは、同じ学年の女子。
スマホを両手で握りしめ、視線を合わせない。
「……あの、ちょっといい?」
「いいけど。椅子、そこ」
彼女は腰を下ろすと、深く息を吐いた。
「SNSってさ……やめたほうがいいのかな」
唐突な相談に、日下部は片眉を上げた。
「なんだよ、乗っ取りでもされたか?」
「違う。……疲れたの。見てるのも、見られるのも」
スマホの画面を見せられる。そこには笑顔の自撮りや、友達とカフェで撮った写真。どれも“ちゃんと楽しそう”なものばかりだ。
「これ、全部、無理して撮ってる。
ほんとは別に楽しくないのに……。でも、投稿しないと、友達から“どうしたの?”って聞かれるし……」
「じゃあやめりゃいいだろ」
即答に、彼女は顔をしかめた。
「……そうできたら来てないって」
沈黙。
日下部は机の端に置いていたペットボトルの水を一口飲み、ゆっくり言った。
「“やめたら終わる”って思ってんだろ」
彼女はうつむく。
「……うん。置いてかれるのが怖い。
学校じゃ普通に話せるけど、SNSにいないと……輪の外みたいで」
日下部はため息をついた。
「じゃあこうしろよ。投稿のルールを自分で決めろ。
週一だけとか、写真じゃなくて文字だけとか。
『全部やめる』と『今まで通り』の間を作れ」
「……間?」
「そう。いきなりゼロにすると、逆に気になってストレスになる。
だったら、自分で“ここまで”って決めて、その中でやる。
お前のSNSは、お前のもんだろ?」
彼女は少し笑った。
「日下部ってさ、もっと適当に答えるかと思った」
「適当だろ。俺SNSやってねぇし」
「え、それでよく生きてられるね」
「生きてるし。……てか俺から見たら、そっちのほうがすげぇよ。
四六時中、人に見られる前提で動いてんだろ? 疲れて当たり前だ」
その言葉に、彼女の肩から少しだけ力が抜けた。
「……じゃあ、週一ルール、試してみる」
「おう。失敗しても、また決め直せばいいだけだ」
「ありがと。……あ、でも私が週一しか投稿しなかったら、友達に“なんで?”って聞かれるかも」
日下部は小さく笑った。
「そしたら、『相談室のやつがそうしろって言った』って言え」
「……それ、変な噂にならない?」
「知るか。どうせ俺、変なやつだし」
彼女は吹き出し、スマホをポケットにしまった。
帰り際、少し軽い足取りでドアを開ける。
日下部は課題プリントを手に取りながら、ぼそりとつぶやいた。
「……見られてなくても、生きてるしな」