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「へぇ。それは面白そうじゃない」
くすり、と豪奢な椅子に座った彼女は笑う。
何かを思考するように手を口にやって、目を細めて笑っている。だがどうしても、笑っているはずの彼女の顔が、怒りに染まっているように見える。とても上機嫌な声なのに、憎しみがその表情から読み取れる。
「で、どうしてあれを裏切るのかしらね?それは理由になっていないわ」
彼女はこちらを見る。だがそれに違和感を覚えた。
こちらを見ているはずの彼女の目線が、私を見ていない。後ろには何もないというに、私に興味などないと言ったように。
「私は孤児でした」
急に何が始まるのか、と言った顔で、彼女は不機嫌そうに笑う。
「生まれた時から奴隷として、ずっと働いて、働いて、羨んで、憎んで。幸せだなんて、一度も思いませんでした。そんな時、公爵家に拾われました。裏の組織として、また働きました。奴隷の時よりましだって、そう思いました。でも、違いました。働いても働いても、公爵家は俺を必要としてはいない。いつか、いつか手に入る幸せは、一度もこの手に収まったことはなかった。じゃあ、もういいじゃないか。好きに生きればいいじゃないか。裏切りたいときに裏切って、守りたい者のために守って、死にたいときに死んで、生きたいときに生きればいい。そう気づいたんです」
へぇ、と彼女は微笑する。
「だから裏切るのね」
ふふっと、彼女は嗜虐的に笑う。
彼女の目線が、私を見ていた。今初めて、私に興味が湧いたというように。
「いいわ。それじゃあ私の、手となり足となりなさい。そして、守りたい者は守って、殺したい者は殺して。羨みたいなら勝手に羨んで。憎いなら憎みなさい。でも一つ。私の命令より、自らの信念を貫いて。これだけは約束して。絶対、後悔しないで。良い人生だったと笑って逝って。幸せだったと笑って死になさい」
彼女は祈るように、少しだけ悲しそうな顔をする。気の所為だったかと思うくらいに、少しだけ、少しだけ本心で笑った気がした。
「畏まりました。お嬢様」
彼女の笑みに、忘れてしまった笑い方を探しながら無理矢理口角を上げる。
「それじゃあ、一番最初の命令よ。毒とある花を持ってきて」
ぱちぱち、と私は瞬きをする。
初めての命令がそんなものとは思わなかったのだ。
「できないの?」
その言葉に、思わず口角が上がった。
まさか。出来ないわけもない。
「いいえ。お嬢様。謹んでお受けいたします」
にやりと彼女は笑った。
「それでは、お部屋をお変えいたしますので、こちらへどうぞ」
そう言うと、彼女は唇を吊り上げる。
「さぁ、この家の終わりが見えそうね」
そう小声で呟いて、彼女は歩き出した。